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 住所を知られた。


 週明けの勤務中、僕はこの事態にどう対処すべきか考えた。宮下は相原から聞いたと言っている。嘘かもしれないし本当かも知れない。いずれにせよ、僕自身は漏らした覚えのない個人情報が漏れてしまったのは事実だ。穴がこれ以上ふさがる前にふさがなくてはならない。


 問題は、その穴がどこにあるか分からないことだ。


 答えが出ないまま正午を回り、食堂でコンビニパンを機械的に口に運びながら考えていると相原がのこのこと現れた。


 これを渡りに船と言わずなんと言おう。


「昨日、宮下さんが家に来ました」


「あ、うん。住所教えたけどまずかった?」


「それはいいですけど、誰から聞いたのかなって」


「篠塚さんだけど」


 相原があんまりしれっと言うものだから、僕はかえってびっくりしてしまった。篠塚というのは、たまに相原らのグループに混ざって話をしているやはり同年代の女性アルバイトだ。いまどき珍しい黒髪に眼鏡をかけた地味な人だが、相原らとも自然に話し談笑もする。僕との接点はゼロに等しい。相原の口から彼女の名前が出るとは考えもしなかった。


「どこから知ったんだろ。話したこともないのに……」


「篠塚さんも誰かから聞いたんじゃない?」


 僕は「誰にだよ」という言葉を飲み込んだ。それはそれで疑問だが、篠塚にしろ相原にしろどうしてそうも簡単に人の住所を教えてしまうのだろう。僕と彼らの間でプライバシーの意識に関して大きな隔たりがあるとしか思えなかった。それとも、同僚に住所を知られたくないと考える方がおかしいのだろうか。


 少なくとも、相原をその意見に賛成らしい。僕の疑問に答えることなく、立ち去ってしまった。


 立花からメールが来たのはのその夜のことだった。もちろん、僕はメールアドレスを教えたりなどしていない。またどこからか情報が漏れたのだ。



 高垣さん、このメアドで合ってます? それにしてもこのメアド面白いですね。



 僕のメアドに簡単な言葉遊びが仕込まれているのはこの際どうでもいい。僕はすぐに返信を送った。



 どこでメアドを?



「ほめてくれてありがとう」くらいのことは書いておくべきだったのかもしれないが、それよりも焦りと不安が勝った。立花の返信が返ってくるまで一分とかかっていないと思うが、スマートフォンを凝視する僕にはとても長い時間に思えた。



 相原さんからですけど。それより特に用はなかったから俺もう寝ますね。おやすみなさい


 P.S.宮下さんにも教えときました



 また相原だ。どういうことなんだろう。住所、メールアドレス。僕に関する情報が彼女を経由して同僚に漏れている。


「篠塚さんから聞いたけど」


 翌日、食堂に現れた相原はまるで判を押したように昨日と同じ答えを繰り返した。篠塚。僕は彼女の下の名前も知らない。そんな相手が僕の個人情報を握っているというのはとうてい信じがたく思えた。篠塚に直接訊けばいいのかもしれないけれど、正直言って気が引けた。話したこともない相手にいきなり「どこで僕の住所を知ったんですか」なんて切り出すのは現実味がないように思えたのだ。


 それに、相原の言っていることが本当だと決まったわけではない。彼女がおとなしい篠塚に責任をかぶせてでまかせを言っている可能性はゼロではない。むしろ相原がどこかで情報を手に入れて、僕をからかっているのだと考えた方がよっぽど納得できる。


 いきなり篠塚に当たっても彼女をぽかんとさせるだけかもしれない。そしてその後ろから相原たちが現れてくすくすと笑うのだ。被害妄想がすぎるだろうか。けれど、僕はその可能性を否定できるほど相原や篠塚のことを知っているわけではない。


 相原たちを通して篠塚に情報の出所を訊いてもらうという方法はあるかもしれないけれど、信用に値する答えが返ってくるとも思えなかった。要は八方塞りだ。実害が出たわけじゃないと自分に言い聞かせ、僕は事態を静観することにした。それから二日のうちに相原と宮下からメールが来てももはや驚きはしなかった。

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