第5話


「はぁはぁ」


『お母さん、私ね……』


「はぁ……はぁ」


 立ち止まり、私は家の扉の取っ手に手をかけ、息を整えた。


「…………」


 思わず飛び出してきてしまった。本当は、そんなつもりはなかったはずなのに……。


 でも、さっきの話を聞き返して、数馬から言われるのは……どうしても耐えられそうになかった。


「…………」


 昔、それはまだ母さんが生きていた時の話だ。まだ私は小さく、まだまだ知識が浅かった。


 だからこそ『あんな事』を母さんに言ってしまったのかも知れない。


 小学生の時に、その事を当時の同級生に聞いたら「あー、言ったことある」とか「分かる分かる」と言われた。


 つまり、みんな一度は思ったり言った事があるのだろう。


『弟、もしくは妹が欲しい!』


 なんて事を……。


 そして、そういう事を子供に言われて両親が困る……というところまでがセットみたいな感じだと、同級生たちは笑っていた。


 ただ、その時の私はどうしても笑えずいたたまれなくて、下を向いていた……と思う。


「…………」


 それは、いつもの母さんが入院していた病院に行った時の事だった。


 いつもの様に病室に向かおうとしていた時、偶然。看護師同士の『母さんが妊娠がした』という会話を聞いたのだ。


 でも、私が母さんからその話を聞くことは……なかった。それは父さんも勝幸伯父さんも……誰もその事を言わない。


 だから、私が聞いたのは『間違い』だったのかも……と思っていた。しかし、実は「流産していた……」と私が知ったのも、また偶然の事だった。


 そして、流産しただろうと思われる時期から母さんは……一ヶ月も経たない内に亡くなった。


 私は、母さんが亡くなって真っ先に思った事がある。


『私が……母さんに弟が欲しいなんて言ったから』


 しかし、そんな事を思い塞ぎこんでいた私に対し、父さんも勝幸伯父さんも緑や琴葉さんもみんな「そんな事ない」と言ってくれた。


 そんなみんなのおかげで、私は前を向くことが出来と思う。ただ、やはりこの時から、私は人と仲良くはしていても、あまりべったりと仲良くする事はなくなった様に感じる。


 もちろん、私自身が注意してそういう風にしているというのもあるけど、それ以上に考えてしまう事があるのだ。


『……やっぱり、母さんを追い詰めたのは自分じゃないか……って?』

「……っ!!」


 背後から聞こえてきた声に驚き、思わず振り返った。


『全く、扉に手をかけたまま突っ立って何しているの?』

「それは……」


『大方、昔の事でも思い出していた……って、ところだろうけど』

「なっ、なんで……」


 確かにたった今まで『昔』の事を思い返していた。でも、決して口には出していなかったはずだ。


『まぁ、僕は昴に取り憑いているからね。やっぱり、多少は僕にも影響が出ちゃうみたいなんだよ』

「……そういう事は、先に言っておきなさい」


 それこそ『初耳』だ。


『ははは、ごめんごめん。でも、知っていたんだね。弟が生まれるはずだった事』

「……偶然だけど」


『じゃあ、僕がその弟って事も?』

「……緑の最初のリアクションを見て、ちょっとひっかかりを覚えてね」


 ただ、明確な『証拠の様なモノ』は今の数馬が言った事以外なかった。でも、驚きも……特には感じない。


 だから多分、私は心のどこかで分かっていたのだろう。


『なーんだ、知っていたのかぁ。だったら言ってくれても良かったのに、わざわざ黙っていた意味ないじゃんか』

「……どうして」


『だって、言っても信じないだろうと思ってさ』

「そうじゃなくて!」


 私が怒っているのは『弟だ』という事を黙っていた事じゃない。


「私が怒っているのは……!」

『……御札を全部集め終わると、僕と過ごした事を忘れるって事?』


「なんで、数馬はそんなに平然と言えるの?」

『うーん、それは多分。死神と人間の違いじゃないかな』


 ただただ淡々とそう言う数馬に対し、憤りを感じてしまうのも『死神』と『人間』の違いなのだろうか。


『それに、本来は僕の姿は見えないはずだったからね。あれは僕にとっては計算外だったし、そもそも事故だ。だからさ、昴がそこまで怒るのは、見えているからこそだよ』

「……ええ、そうよ。見えているからこそ、怒っている」


 たとえ、あれが事故で見えるようになってしまったとはいえ、今の私には見えているのだ。


 それを『なかった事』には、とても出来ない。


『その気持ちはありがたいんだけどね。でもそうしないと、今までの苦労が水の泡になっちゃうんだよ?』

「…………」


 私は一瞬「それでも構わない」と思ってしまった。


『それに、それじゃあ僕がここまでした意味がない』

「なんで……数馬はそこまでして早く逝きたいの?」


 このまま『死神』として生きていけば、最終的には逝くことになる。それなのに、わざわざそこまでする『理由』が全く分からない。


『……僕はね。母さんに会いたいって、思ったんだよ』

「…………」


『母さんだけじゃない。僕は、自分が何者なのか分かっているからこそ、自分の家族になるはずだった人に会いたいと思ったんだ』

「普通は……違うの?」


『大体の人は、知らない。そもそも自分の名前すら知らない人がほとんどだよ』

「…………」


 知らない人が多い中で、自分は知っているという事に対して「知りたい」という気持ちになるのは、分かる。


 そして「自分の家族に会いたい」という気持ちも分かる。


『母さんが僕の事を分かってくれなくていい、一目見られれば僕はそれでいい。それに僕は、ただただ普通に生活をしたいだけなんだよ』

「…………」


 確かに『死神』は『普通』ではないだろう。だから、数馬の言っている事は分かる。


「でも、何もこんな事しなくても……」

『多分、分かっているからこそだと思う』


 多分、数馬は「分かっているなら、早いほうがいい」という気持ちがあるのだろう。だからこその、この行動。


『死神も元は人間で、忘れるから』


 そう言って数馬は、少し困ったような表情を私に見せた。


「…………」


 そんな表情を見せられてしまうと「仕方ないな」と思ってしまう。それでも、やはり「忘れたくない」という気持ちもあり、私は……言葉に詰まった。

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