第6話


『……うーん』

「どうかされましたか?」


『あっ、いや』

「??」


 ――さすが『診療所』というだけあって、ここには本当に色々なモノが置いてある。


 もちろん、見たことのあるモノから専門的なモノだろうと思われるモノなど本当に色々だ。


『それにしても、なんで診療所を始めたんですか? 確かに、ここから大きい病院は遠いですけど』

「元々、俺が医者になりたいと思ったのは……そもそも妹、つまり昴の母の病気をなんとかしたい……という気持ちからです」


『病気……』

「ええ、昴の母は小さい頃から入退院を繰り返していて……幼い頃からそんな姿を見ていて、どうにかしたかったんです」


 僕は『死神』だ。


 さまよえる『魂たち』を送ったり、時には生きている人間を惑わしたりするのが主な仕事である。


 ただ、勝幸さんの言っている事は分かるし、その気持ちも分かる。僕だってそこまで凍った心を持っているワケじゃない。


「それに、大きい病院が少し離れたところにありますが、そこまで行けない人のためになれば……と思いまして」

『……そうだったんですね』


 そんな気持ちもあったとは、知らなかった。


 ちなみに、琴葉さんは……カルテなどの整理や今日の会計の集計などなど事務仕事で今は席を外している。


『ただ思ったんですけど』

「何でしょう?」


『勝幸さん、いつも情報はくださるのに自分から動かれた事……ないですよね?』

「…………」


 実は、それは公園での一件で感じた。


「やはり、そう思っていましたか」

『ええ、確かに忙しいというのは……もちろん分かっています。分かってはいるのですが』


 今回の『池』の話も、勝幸さんから情報を得た……と緑さんは言っていた。


 それに昴は一度池に落ちており、今回も池に落ちてしまう……という可能性が否定出来ない状況な上、前回は昴も一度怪我をしている。


 そんな人に再度『池の』話だ。人によっては池に行くこと自体止めるのではないだろうか。


 たとえ、姪っ子が「どうしても必要なモノが手に入るかも知れない」という事を知っていたとしても……いや、止めはしなくても同行くらいはするはずだ。


『僕には、あなたが緑さんに試練をワザと与えている様にしか思えないのです』

「……試練、そうかも……知れませんね」


『どうしてそんな事を?』

「どうしてでしょう……。自分でも……よく分かりません」


 勝幸さんはそう言って少し困った様に笑った。


『……』


 人はそれを『嫉妬』と呼ぶのではないだろうか。


「ただ、本当に人には厳しいくせに自分には甘いと思います。しかも、彼に当たってしまって……それくらいとても器も小さい」

『…………』


「ダメな人間だと自分が自分で嫌になりますよ」

『…………』


 僕はすぐに「そんな事ないですよ」と言いそうになった。


 でも、勝幸さんは多分、ずっと妹さん……昴の母親の事を後悔しているたのだろう。


 そんな気持ちになっている人に対し、上辺だけの僕の言葉はかえって勝幸さんを傷つけてしまうかも知れない。


『…………』


 だから僕はこの時、勝幸さんに対し何も言えずただただ無言だった。


 でも、だからこそなのだろうか。勝幸さんが姪っ子の昴に甘くなってしまうのは……ある程度は仕方ない事なのかもしれないと思えてしまう。


 それに、そうじゃなくても世間的に姪っ子は可愛いのではないだろうか。


「でも、そんな君も……誰にも言っていない事があるのではありませんか?」

『……!』


 そう言っている緑さんの表情は……不思議なほどにこやかである。


『…………』


 人によっては、その笑顔が逆に……とても怖く見えてしまうだろう。


『知っていたんですか……』


 でも、それ以上に僕は「なるほど」という気持ちの方が上回っていた。


「まぁ……ね」


 確か、僕が診療所に来て本当に初対面の時、僕が『死神』だとすぐに気がついたのも勝幸さんだ。


 そこで僕は初めて「はめられた……」と感じた。


 実は「緑さんのところに行く」と言う昴に対し、そこまで強くは止めていなかったのだ。


 その時の、僕はただただ「意外」と思っていた。


 なんとなく、勝幸さんの『嫉妬』にも気がついていたこともあったが、その時「僕がここに残る」と言っても、特に何も言わなかった。


 まぁでも、昴が緑さんの向かった後、ちょっと心配していた……という事に関しては……今は無視しておくことにした。


『…………』


 なんにしても、勝幸さんは元から僕と話をするために昴を緑さんの元に行かせたのだ。


 そう、勝幸さんにしては珍しい一瞬の『甘い優しさ』は……僕の『目的』を話させる為の『ワナ』だった……と言う事に、僕は今更になって気がついた。

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