第5話


「……ん?」

「目が覚めたか?」


 玄関先で寝てしまった昴をそのままにするわけにもいかず、俺は昴をリビングに運んだ。


「えっ? あっ!」


 昴は辺りをキョロキョロと見渡し、そのまま俺の方を見てきた。


「…………」


 まぁ、昴の言わんとしている事は……分かる。


 いきなり目が覚めて見覚えのないところだったら……そりゃあ、今の昴の様なリアクションになるだろう。


「私……もしかして、寝てた?」

「……ああ」


 俺がそれを伝えると、昴は「あー……」と言ってうなだれた。


 どうやら、知り合いとはいえ『家の玄関で寝てしまった』という事自体が相当ショックだったようだ。


「まぁ……そう気にするなよ」

「気にするわよ! しかも、お見舞いにきたっていうのに……」


 しかし、昴が寝てしまったのは……昴自身のせいでは全くない。


 まぁ、昴関係の人………というか、昴の母親がそうさせてしまったせいだったのだけれども……。


「……」

「はぁ」


 でも、ショックを受けている昴には申し訳ないが、さすがに死んだ母親のせいだった事を昴にするつもりはない。


 それに……あの話は、昴だからこそ出来ない。


 ――自分に……実は弟がいました……だなんて。


「まぁ、そう気を落とすなよ。ほら……」


 俺が『あるモノ』を昴に差し出すと……。


「……」


 昴は『それ』を見た瞬間、目を見開いて驚いた。


「こっ……コレ、どうしたの?」

「えっ……と、まぁ色々あって……な」


 そう、俺が昴に差し出したのは……今、昴が必死に探している『御札』だったのだ。


「色々って……というか、気がついたら緑も触れる様になっているけど」

「そういえば……そうだな」


 確かに、言われてみると……そうだ。


 今の今まで気がついていなかったが、昨日の『御札』も俺が触って……というか、俺が『御札』を剥がしている。


 その時は本当に無意識だったが、改めて言われると……確かにおかしな話だ。


「とっ、とりあえずコレ、もらっても?」

「別に俺はいらないから、好きにすればいい」


 昴は「ありがと」と言って持ってきていた自分のカバンの中に入れた。


「……数馬だったら何か知っているかしら」

「どうだろうな」


 たとえ数馬に詳しい話を聞いたとしても、上手くはぐらかれそうな気がしそうではある。


「っていうか、時間! 今、何時?」

「それなら気にするな、そんなに時間は経っていないから」


「経っていない……って、もう日が落ちきっているじゃない!」

「あっ」


 言われてみると、確かに外はもう日が落ちきり、外灯もついている。


「とっ、とりあえず勝幸さんに連絡して……」

「あっ、ああ。そうだな……」


 今、勝幸さんのところには数馬がいる。迎えに行くにしても送ってもらうにしてもとりあえず一度、連絡を入れるのは必要だろう。


「……外はもう暗いから、送る」

「えっ、いいよ。緑は風邪引いているし」


「いや、熱も引いたから大丈夫だ」

「……」


「もし、それでぶり返しても完全に俺自身のせいだ。それに、もし昴が風邪を引いたら俺のせいにしてくれ」

「……」


 俺がそこまでいうと……昴は観念したように「分かった」と頷いてくれた。そして「じゃあ勝幸伯父さんに連絡する」と言って、その場で電話をかけた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『ふぅ……』


 僕は診療所の空いている部屋の窓から、昴が緑さんの家に向かって行ったのを密かに確認した。


「本当に、よかったのでしょうか」

『何がでしょう?』


「昴を彼の元に行かせて……」

『元々プリントを渡すよう頼まれていたから、どのみち行きましたよ』


 勝幸さんは「そうですか」と言っているが、その表情は少し暗い。


『勝幸さんは……なぜそこまで嫌がるのですか?』

「……決して、嫌がっているワケじゃないんです。ただ、彼は今、風邪を引いているので」


 確かに、勝幸さんの言っている事は間違っていない。それに、昴は勝幸さんから見れば『姪』に当たる人物だ。


 だからまぁ、心配になるのも分かる。


『でも、あまり過保護になるのはよくないと思いますよ?』

「……分かってはいるんですけどね」


 どうやら勝幸さん自身も自覚があるらしく、困ったように少し笑いながら自身の頬をかいた。


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