第4話
「…………」
俺がやや低めの声でかけた『相手』は一瞬、ほんの一瞬だけ面食らっていたが、すぐに表情を戻し……そして、少し笑った。
「…………」
その顔は「よく気がついたわね」とでも言いたそうだ。
「……」
ただ、俺はその人の表情とは裏腹に、相当緊張感を持っていた。その『相手』は全く知らない人間ではなく、昴に大いに関係がある。
つまり、俺もその『相手』とは面識があった。
それはつまり、その『相手』も俺の事を知っているという事だ。それでは、どうしてそこまで緊張感を持っていたのか……。
『昴には……ちょっと眠っていてもらおうと思ってね』
その人はチラッと眠ってしまった昴に視線を落とした。
「…………」
どうして俺がここまで緊張感を持っていたのか……それは、今の状況が全てを物語っている。
『かなり警戒しているわね。そりゃあ……確かに、いきなり人が寝ちゃったら驚くのも分かるけど……』
そう、問題は『昴が突然寝てしまった』という事だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
もし、昴が寝てしまった理由が『御札』が関係しているから……という事なら、その『御札』には何やら大きな『力』の様なモノが関わっているのかも知れない。
「確かに、俺はかなりあなたを警戒しています。そもそも、実の娘に対してやる事じゃないですよね」
俺はそう言ってその人を睨みつける様に見た。
『……』
そう、さっきから俺の前に立っていたのは……実は『昴の母親』だったのだ。
名前は確か『
昴から聞いた話では、高校を卒業した後すぐに結婚し、その後昴が生まれた。
ただ、生前は体が弱かったらしく、入退院を繰り返していた様だ。昴はその見舞いに来ていた。
そこで俺と昴は出会ったのだ。
でもまぁ、俺と昴が同い年という時点で、かなり早い内に結婚したんだろう……という事は、なんとなく分かっていた。
『まぁ……そうね。でも、あなたは私に聞きたい事とかあるんじゃない?』
日和さんの口調はまるで全てを見透かしているにすら聞こえるほど、確信をもっていうようだ。
「…………」
確かに、日和さんだからこそ聞きたい事は……ある。
『あなたが言えないのであれば……』
「いえ……」
それに、コレは昴が眠っている今だからこそ『聞ける話』だ。
「じゃあ、聞きますが……」
『……どうぞ』
「なぜ、昴に『数馬』の存在を教えないのですか」
『…………』
多分、日和さんも俺にこの事を聞かれるのは分かっていたはずだ。そう、だからこそ「聞きたい事があるんじゃない?」なんて言い方が出来たのだろう。
『……』
しかし、やはり改まって聞かれると……答えに困ってしまうだ。たとえ、自分で「こう聞かれたらこう答えよう」と決めていても……なかなか言いづらい。
『昴に、数馬の存在を……弟の存在を教えなかったのは……それを知った時、私自身がもう……』
だから、昴に教えなかっただろう。
「じゃあ、なんで俺には言ったんですか」
そう、娘の……昴に言えないことをなぜ、俺には言ったのだろうか……。日和さんが亡くなった後、俺はずっとそれが気になっていた。
『それは……もし昴が数馬の存在を知ったとしても、あなたならちゃんと昴を支えられると思ったからよ』
「買いかぶりすぎですし、それでもやっぱり俺に言わなくても良かったじゃないですか」
『もし、あなたが昴の立場だったとして……いきなり聞かされた弟の話と病気で入院している母親……どう思うかしらね』
「…………」
確かに、それを言われてしまうと……反応に困る。それに、その時の昴は小学校に入る前だ。
なおさら混乱させてしまうに違いない……って、それを聞かされた俺もかなり混乱したのけど……。
でも、昴の場合は『血の繋がった相手』だ。多分、聞かされていたら俺以上に混乱して、思い悩んでしまったに違いない。
『だから、知っているあなたがなんらかの形で知ってしまった昴の話し相手になってくれると思っていたのよ』
「…………」
『それに、あなたは私との約束を守って今まで数馬の事を昴に言っていない。しかも、私が死んでしまった後も昴と一緒にいてくれた……』
「そんな事……ありませんよ」
そう、そんな事はない。むしろ、俺の方が……昴に助けられたばかりだ。
『……これだけ話をしても、警戒を怠らないのね』
「……すみません」
日和さんはそう言って苦笑いをした。
『いえ、むしろその警戒心が大事よ。なんでもかんでも信じちゃ……良くないモノね。信じたいって気持ちは分かるけど』
「…………」
『でも、だからこそあなたに安心して娘を任せる事が出来た』
「……」
『あの人も……それが分かっていたから、単身赴任に行くことが出来たのだと思うわよ?』
「だから、買いかぶり過ぎですって」
なぜだか、俺に対する昴の両親の評価はかなり高い。
それ自体は確かにありがたいし、光栄な事ではあるが……やはり申し訳ないという気持ちが先立つ。
『だから……これからも昴と仲良くしてね』
「それはもちろんです」
むしろ、コレは逆に頼む話の様な気がする。
『言ったわね? 言質は取ったわよ?』
「えっ、それってどういう……」
『うふふ、娘を末永くよろしくお願いします』
「……ちょっ、日和さん。その言い方だと意味が変わってしまいます」
『あら、私はそういう意味で言ったのよ?』
「それは俺が決める事じゃなくて、昴が決める事ですよ」
『……あなたは本当に……優しいわね』
「そうですか?」
『ええ、甘すぎるくらい……うん。昴に対しては甘い優しさを持っているわよね』
「……なんですか、その食べ物を食べたときの感想みたいな」
俺は少しげんなりとした様子でそう答えた。
『でも、もし昴がそれでいいって言ったら……いいって事?』
「はぁ、なんでそうなるんですか」
確かに、数馬は日和さんの子供なのだと、このやり取りをして分かった。
『えぇ、違うの?』
「違います」
この……簡単には引かない感じがなんともよく似ている……と、俺は小さくため息を吐きながらそう感じたのだった。
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