第3話


「あっ、いた」

「いや、いた……って言葉はおかしいだろ」


 もう少し開けるタイミングが遅ければ、昴は帰ってしまっていただろう。なぜなら、昴は俺が玄関のドアを開けた時点でほぼ玄関に背を向けていたのだから。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「えっと、コレが学校でもらったプリントで、コレは来週までに提出だって」

「ああ、分かった」


 とりあえず俺は昴とドアを閉め、玄関先で話をしていた。


 玄関を開けっぱなしにするのもよくない……というより、昴が「外で立ち話をして風邪がぶり返しちゃいけないから」と言ったからである。


「それにしても、今日はないんだな」

「何が?」


「バイト」

「ん? ああ、昨日と今日は偶然休みだったから」


「偶然……か」

「うん」


 まぁ、そうじゃなければ昨日の『肝試し』にも来なかっただろう。


「……というか、数馬はどうした」

「…………」


 実はドアスコープを見た時から気になってはいたが、どこをどう見ても昴の周りに数馬らしき姿が見えない。


「えと……」


 俺がその事を尋ねると、昴は少し困ったような表情になってはいたが――。


「??」


 そして、昴が言うには、実はここに来る前に勝幸さんのところに寄ったらしい。


「昼休み中に寄って欲しいって連絡があって寄って、もし熱が下がり切らなかったら『コレ』を渡して欲しいって、琴葉さんに頼まれたんだけど……」


 そう言って昴が見せたのは『とんぷく』と書かれている薬の入った袋だった。


「でも、こういうのって昨日のうちに渡すと思うんだけど……」

「まぁ……そうだな」


 しかし、診療所で診察を終えた後、薬を取りに行ったのは姉さん。だかだら……まぁ、そういう事も……いや、ないだろう。


 ここまであからさまだと姉さんが、まさか昴をここに来させるためにワザとそうした様にすら思えてしまう。


「で、数馬は一体どこにいるんだ?」

「あっ、うん。数馬はよく分からないけど『僕の様なお邪魔虫は勝幸伯父さんたちと一緒に待っているよ』って、言って診療所にいる」


「……そうか」

「うん、でも私は数馬を『お邪魔虫』って、思った事ないんだけど」


 昴は「よくわかんない」と不服そうな顔だ。でもまぁ、それは俺も昴と同意見である。


「……」

「……」


 いや、むしろいてくれた方が……会話が続いたり、ツッコミを入れてくれたりするからありがたいのだが、昴の雰囲気的にあまり深く追求されたくないようだ。


「そっ、そういえば」

「?」


 そして、その後すぐに話題を変えた。


「いや、このプリント……昴がうちの担任から頼まれたのか?」

「あー、正確にはちょっと違う……かな」


「正確には?」

「うん」


 それは一体どういう事なのだろうか。


「確かに緑の担任の先生に頼まれたけど、その先生が『生徒から聞いたら、家が近所らしいから、頼んでもいいか?』って言われて」

「……そうか」


 なるほど……と言いたいところだが正直、意外だ。


「特に何も言われなかったのか? 俺のクラスメイト……とか」

「うん、不思議と何も……」


「そういえばここ二、三日でいつも下駄箱に入っていた手紙がなくなったな」

「あっ、そうなんだ」


 思い返してみると、確かにあの池の話を聞いた次の日辺りから手紙がパッタリとなくなった。


「……」

「……」


 しかし、俺も昴もどうしてそうなったのか全く心当たりがない。ただどうしてか周りの様子が変わった……様な気はする。


「……数馬に怒られたよ」

「え?」


 逆ならまだしも数馬が昴を怒る……というのはなかなか珍しい光景だ。


「この間の……私が車に轢かれそうになった時の緑の気持ちとか、私が池に突き落とされた時の気持ちが少しは分かっただろ……って」

「…………」


 確かに、そのどちらも俺としては肝が冷えた出来事だ。


「あっ、そういえば、緑。琴葉さんから水に落ちたのって今回が初めてじゃなかった……って、聞いたけど?」

「あっ、ああ……」


 そう言われた瞬間、俺は「姉さんめ、余計なことを……」と、思わず口にしてしまいそうになった。


「……昴」

「ん?」


「昴は知らないかもしれないと思うが……」

「…………」


「俺、小学校に入る前は同性の……男からは嫌われていた」

「そっ、それは……知らなかった」


 昴は驚いていた……が、内容が内容だっただけになんとも言えない表情だ。


「それで、姉さんの言っていた『俺が水に落ちた』っていうのは、その時の話だ」

「…………」


 そう、俺は小学校に入る前の時、保育園の男子たちから嫌われていた。


 俺が水に落ちたのも、その男子たちにより引き起こされた事だった。しかし、実はその落ちた理由は『俺が足を滑らせた』というただの不可抗力だ。


 そして、周囲の……男子たちの視線が変わったのは、小学校に入ってからの話である。


「緑……だっ、だから……私が落ちたって聞いた時」

「ああ、心臓が止まりそうなくらいだった」


 そしてその時、俺は一瞬……ほんの一瞬だが、学校の人間を疑った。


 しかし、事情を聴いて昴が池に落ちたのは『ひったくり犯によるモノだった』という事が分かった。


「本当に……私、緑を心配させてばかりね」

「……まぁ、今は事情が事情だから仕方ないだろ」


「それは……そうだけ……ど」


 なぜか昴の言葉が途切れ途切れになっている……ことに気が付いた。


「昴? どうした?」

「なっ、なんだろ……。突然……ねむ……く」


 そう言い終わる前に、昴は俺に向かって倒れてきた。


「すっ、昴!? おい!」

「…………」


 俺は倒れ込んできた昴に問いかけたが、当の昴から返答がない。ただ「スー……スー……」という寝息は聞こえる。


「はぁ、なんだ……」


 どうやら昴は眠ってしまったようだ。


 しかし、俺はその事実が分かっただけでもよかった……と思った。昴にもしもの事があってはならない。それだけは避けなければならないことだ。


「……昴を寝かせたのは『あなた』なんですね?」


 そして、俺は俺に寄りかかっている昴をゆっくりと床に寝かせると、昴の背後に立っていた『人物』にそう声をかけた。

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