第6話


 ――数分前。


「ふぅ……」


 数馬と昴が歩き出したのを見送った後、俺も一人でゆっくりとした足取りで歩いていた。


「……さてと」


 昨日の夜。


 どうやらここ一体は雨が降ったらしく、地面のぬかるみに若干足を取られながらも、比較的順調に池の周りを進んでいた。


 一応、勝幸さんからの話ではここは『元は神社だった場所』と聞いていたが、どうやらそれはかなり前の話だったらしく、その形跡はほとんど残っていない。


 建物どころか狛犬すらない。歩いてきた俺でも分かったのは、せいぜい歩いてきた途中のところどころが石畳だった……というところぐらいだ。


 でも、この『大きな池』を見ると……どうしても夏祭りでの出来事を思い出す。


「…………」


 あの日、昴が夏祭り会場の神社で池に落ちた……と聞いた時は、胸が張り裂けそうになった。


「…………」


 実は、何度かその機会はあった事にはあった。


 それこそ小さい頃。二人で行っても周囲から冷やかされる様な事がなかった時に行けばよかったのだ。


 でも、その度に俺が風邪をひいたり、昴が風邪をひいたり……と、上手くタイミングが合わなかった。


 だから、昴が嫌がるだろうと分かっていても、誘わずにはいられなかったのだ。


「…………」


 それこそ小さい頃は、姉さんと一緒にプールにも行った事もある。


 だから、昴としてはその記憶を鮮明に覚えていて「実は一緒に夏祭りに行った事がない」という事自体に気が付いていないのかも知れない。


 ただ、実は俺は『水』があまり好きではない。それに関して一度、昴から「なぜ?」と聞かれた事がある。


 それは自分では「あまり好きじゃない」とは言っているモノの、それは決して『水泳が嫌い』とかそういう事ではなかったからだ。


 でも、そう言ったのには当然『理由』がある。


 ただその『理由』は……ちょっと俺にとっては『トラウマ』である。それに多分、昴も知らない『話』だ。


 だから、俺はその時……なんて言えばいいのか分からず、結局のところ言えなくて、無言になった。


 でも、昴はそんな俺を見ても「言いたくないなら、言いたくなった時に言えばいいよ。私は気にしないから」と言ってくれたのだ。


 そんな昴に……俺は小さいながらも同い年でそう言ってくれる『尊敬』という気持ちを抱いた。


 だから俺は昴に世間で言う『恋愛感情』は抱いていない。今でも、昴に抱いているのは『尊敬』というだ。


 そう、これは決して『恋愛的』なモノではない。


「…………」


 いつでも、なんでも自分の事を言うのは怖いモノだ。


「はぁ……ん?」


 小さくため息をつくと……俺の少し前に『一人の男性』が立っているのが見えた。


『…………』


 その男性は、どこか呆けたような……ぼーっとした様子で、池を見つめている。服装は着物で足元は草履……髪形も俺たちがしていてもおかしくない普通だ。


「…………」


 履いている物が見えている……という時点で『幽霊』の類ではない……と、思ったが、決めつけるにはまだ早い。


 それに、そろそろ寒さも本格的になるというのに、男性の服装はいささか『薄着』過ぎるような……気がする。


「そこの人。そこで一体……」


 ただこの時、自分で「決めつけるのはまだ早い」と思っていたにもかかわらず、声をかけてしまったのは軽率だったと思う。


 なぜなら……。


『あんた、俺が見えるのか』

「え……」


 その声が聞こえた瞬間――。


「……!」


 男性は俺の視界から消え、持っていたはずのカバンは、男性に突き飛ばされた衝撃で地面に落ち、気が付けば俺は男性に押されるような形で男性と共に池の上にいた。


「っ……!」


 そして「このままじゃ落ちる!」と身構えた頃には……俺はもう、池に落ちていた――。

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