第5話


「……? どうかしたか?」

「ううん、なんでもない」


 私は何食わぬ顔をしていたが、当の踏まれた数馬は……というと……。


『っー……』


 少し離れたところで足をさすっていた。


「……少々気になるところはあるけど、まぁいい」


 私としては「あっ、いいんだ」と言いたくなったが、本人が「まぁいい」と言ったのだから、ここは気にしないでおこう。


「それで、一昨日おとといの休み時間中に、ちょっとした『幽霊話』を小耳に挟んだ。なぁ、数馬」

『うん』


 数馬は何食わぬ顔で私の隣を歩いた。どうやらもう足の痛みは……というか『死神』は『幽霊など』の様に痛みを感じないモノだとばかり勝手に思っていたので、正直意外だ。


「幽霊話……」

『うん、なんでもこの辺りで人影を見た人がいる……とか』


「…………」


 その話だけを聞くと、どこでも聞くような『噂話』と変わりない様に思う。


『緑さんがその話をしていた女生徒さんたちから詳しい話を聞いたけど、その人もただ世間話の一つとして聞いただけで、聞き流していたんだって』


「でも『この山』に来た……という事は」

「ああ、勝幸さんのところにもその様な人を見た……という情報が入ってきているらしい。それで場所は、この山の今はもうない『神社』の敷地内だというかなり具体的な情報を教えてもらった」


「そっ、それで……ここなんだ」

「ああ」


 見上げると、日が沈み始めている事や木々が生い茂っている事もあり、少し寒気すら感じる。


『でもさ、僕が知っている事なんて女生徒さんたちから「そういう話を人伝いで聞いた」ってだけで、今の様な情報なんて何も知らなかったんだから、別に怒らなくてもよかったじゃんか』

「……まぁ、そうだな」


『いや、まぁそうだな……じゃないから! 全く、怒られ損だよ』

「悪い悪い」


 緑はそう言ったが、当の数馬は不貞腐れて「全然悪びれてないよ!」とちょっとご機嫌斜めだ。


「それで、場所は『今はない神社の敷地内』って話らしい」


 しかし、残念ながらこの山を見渡してもどこにもここに『神社』があった様な形跡がない。


「…………」


 せいぜい私たちが今、歩いているここに『石畳がある』という事が分かるぐらいだろうか。


「ただ、最近は……」


 そこで緑は言葉を止め、歩くのもやめた。


「……」

「緑? どうしたの?」


 不思議そうに緑の見ている方向を見ると……。


「……」

『はぁ……でっかい池だね』


 感心するように数馬は言った。


「…………」


 そう、私たちの目の前に広がっていたのは……私が夏祭り会場で落ちた『池』よりもはるかに大きな『池』だ。


 しかも、その周りは薄暗く、少しぬかるんでいるのか足元も悪い。


「え……と、緑。それで……」

「ん? ああ。ここ最近はこの周辺でその姿が確認されているらしい」


『なっ、なんでこんな池の周辺で』

「それは分からない」


 ――まぁ、それはそうだろう。


 もし分かっていれば、わざわざこんな山に登って直接本人に会って話を聞こうとなんてしなくてもいいはずだ。


「まぁ、とりあえず……数馬と昴はこの池の右側に沿って歩いてくれ」

「緑は?」


「俺は当然、その逆だ」

「えっ、一人じゃ危ないよ」


 もし、一人で行動してこの間の私の様に何かがあっては困る。


「……気持ちはありがたいけどな、急いでやらないと、それこそ日が暮れちまうからな」

「あっ……」


 そう言って空を見上げた緑に、私も思わず声を上げた。


 確かにそうである。ただでさえ日が落ちるのが早くなっているというのに、時間をかけている暇はない。


 それに、緑は『霊媒体質』だ。


 時間が遅くなればなるほど、そういった『幽霊の類』は出てきやすくなる。否応なしにそれらを引き付けてしまう緑の体質は、それこの間の私以上の問題を引き起こしかねない。


「……理解してくれたか」

「わっ、分かった」

『まぁでも、何かあったらすぐ僕たちを呼んでよ』


 緑の言葉に引き下がった私に代わり、数馬がそう釘を刺した。


「ああ、分かった」


 まさか数馬に言われるとは思っていなかったのか、緑は少し意外そうな顔をしながらもそう言って、さっそく歩き出したのだった……。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『さて』

「ええ、私たちも行きましょうか……」


 出来れば緑よりも先に行って緑の負担を少しでも減らしたいところだ。


『……それにしてもさ』


 歩き始めて少し経った頃、数馬が何かを思い出したかのように私に声をかけた。


「なに?」

『いや、本当に緑さんってモテるんだな……って』


「……今更ね」

『まぁ、そうなんだけどさ。話しかけた女生徒さんたちって結構、イケイケな感じったのに、緑さんが声をかけたら普通の女の子に戻っていたからさ』


 数馬はそう言いながらその時の光景を思い出しているのか、視線はどこか上の方を向いている。


 でもまぁ、数馬の言っている事は理解できる。現に私は何度もそういった光景をこの目で見ているのだ。


「……」


 ……それにしても、数馬が「イケイケ」なんて言葉を知っているとは……驚きだ。


「まぁ何にしても、あんまりそういう話を緑の前でしない方がいいわよ」

『えっ、なんで?』


「さぁ? でも、私がそういう話をするとあんまりいい顔しないのよ」

『へっ、へぇ……』


 私としては『誉め言葉』のつもりでそう言った。それなのにも関わらず、緑はあまり興味がないのか「あっそ」とか「ふーん」と言って素っ気ない態度をとる。


『でっ、でも昴。それって……』


 数馬が何か言おうとした瞬間――。


「っ!」

『……!』


 突然、池に『何か』が落ちたような音が『二回』立て続けに響き渡った。


「えっ、なっ……なに?」

『ねぇ、今の音って……緑さんのいる向かい側の方からだったよね』


「……あっ!!」


 数馬の言葉に驚いた私は、気が動転してしまい、思わず池に近づいた。


「っ!!」

『昴!』


 しかし、私はなぜか池に近づく事も出来ずに跳ね返された。その光景を見ていた数馬は驚きを隠せないのか、驚いたまま池に手をかざした。


『えっ、まさか……コレって、結界!? なんで!』

「えっ? どっ、どういう事?」


 状況が呑み込めず、数馬に問い返すと……。


「なっ、何よ。コレ……」


 気が付くと、池の周辺には突如として数馬の言う『結界』という名の『透明な壁のようなモノ』が現れ、誰も近づけない状況になってしまった。

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