第3話


 今日の午後は、どうやらこの季節には珍しく少し暑いらしい。


「はぁ……」


 それに、今日は日が落ちるのも……少し遅い。いつもとほぼ変わらない時間に帰っているというのに、夕焼けになっていない。


「あー! な……っつかしー!」


 学校帰り、俺は勝幸さんが営んでいる『診療所』へと足を運んだ。


「……」


 そしてその大声を聞いた瞬間、俺は一瞬にして入る気を失いかけた。いや、本当に何気なくごくごく普通に診療所の入り口に手をかけただけだったはずだ。


「はぁ……」


 それなのに、外にいる俺にまで聞こえる声……つまり、よほど大きな声でなければ外まで届かないはずだろう。


 俺はこの声の主が誰によるモノなのか……知っている。それくらいは付き合いがある。


「うるさいんだけど、姉さん」

「……あら、緑」


 入り口の引き戸を開けると、受付に座っているのは俺の姉の『神薙かんなぎ琴葉ことは』だった。


 しかも、その手には『何か』を持っている。


「……」


 ちなみに姉さんの姓が変わったのは、昴の伯父に当たる勝幸さんと結婚したからだ。


「……」


 しかし……勝幸さんには悪いが、どうしてこんな『おてんば娘』を選んだのか……とても気になる。


「そんな事より外までうるさい、その内苦情が入るくらいだ」

「何がよ」


「姉さんの声」

「……うそ、そんなに?」


 この反応を見ると……どうやら姉さんは自分の声がそこまで大声だとは気がついていなかったらしい。


「で、何をそんなに騒いでたんだよ」

「ちょっと診療所内を整理していたら……昔の写真が出てきたんですよ」


 そう言いながら湯呑みを片手に持って現れたのは『神薙かんなぎ勝幸かつゆきさん』だ。


「昔の写真……ですか?」

「はい。どうやら僕が研修医を終える寸前で、琴葉さんが看護師になられているときですね。ちなみに、服装から察するに、昴と緑さんもまだ小学生になる前の様ですね」


 勝幸さんは姉さんが持っている写真をじっくりと観察しながら解説した。


「それは……」

「ええ、ちょうど緑が昴ちゃんと会ったばかりの頃ってところかしら」


「ふーん……」


 そんな時に写真を撮った覚えがないが、こうして『写真』が残っているのだから、嘘ではないだろう。


「それにしても、こうして見ると……緑、あなた本当に女の子みたいね。むしろ、昴ちゃんの方が……」

「うるさい」


「あまりそう言わないで下さい。緑くんもそうですが、昴もその時の見た目の事は気にしていますので」

「……そうね」


 そう、この頃の俺たちはよく名前の事も相まって色々と……周囲からとやかくと言われていた。


 今の俺であれば「そんなの言わせておけ」と無視が出来るが、この時の俺にはそんな強靭きょうじんな精神を持ち合わせていない。


「……」


 昴はもう忘れているかも……いや、そもそも知らないかも知れないが、元々は今の様に女子はともかく男子にも『尊敬にも似た』の眼差しを向けられていたわけではない。


 ――その当時はむしろ、その逆だった。それで昔、ちょっとした『事件』が起きたのだが……。


「……」


 そもそも俺が昴に会ったのも単なる『偶然』だ。


 事の発端は、姉さんがまだ小学校に入る前の俺が『霊媒体質』でなおかつ『幽霊などが見える事』により思い悩んでいる……と当時、まだ研修医だった勝幸さんに相談したのが始まりだった。


 もちろん勝幸さんに相談したのにはれっきとした『理由』がある。実は、勝幸さんも俺と同じ『霊媒体質』かつ『幽霊が見える人』だったのだ。


 そして、俺が初めて勝幸さんと会った時、その場に偶然居合わせ、勝幸さんから「同い年の友達」として紹介されたのが昴だった……。


「……で、今日は何しに来たのよ。暇潰し?」

「いや、ちょっと気になる話を学校で聞いてさ……勝幸さんなら少しは知っているかなと思って」


「?? なんでしょう……?」


 昴が『死神』に取り憑かれる前から俺と勝幸さんはこういった『幽霊』に関わる事の情報交換をよくしている。


 見えるだけでなく引き付けてしまう体質だけに、こうした情報交換は必要だ。


 そうした事により、不必要に幽霊たちに近づいて連れて帰り、そいつらが周りに迷惑をかけるのはどうしても避けられる。


 それに、この診療所には、普通の診察はもちろん、そういった『幽霊など』に関する話も聞く。


 いわゆる『カウンセリング』というヤツだ。


 こうした『幽霊関連の話』はなかなか人に言い出せず、自分一人で思い悩んでしまう人は結構多い。


 まぁ、その気持ちはよく分かる。俺も……元々は一人で思い悩んでいた人間の一人だ。


 ただ俺の場合は、それに姉さんが気がついてくれて本当に運がよかった……と思っている。当時の俺は『幼い』という事もあり、自分からはとても言えなかったのだ。


 それに、今の昴の様な『少しでも情報』が欲しい状況の中、勝幸さんの様な人がいるのは本当にありがたい話である。


 この間の一件もその前も、勝幸さんからの情報によって『御札』を手に入れる事が出来た。


 でも、勝幸さんは「昴を危険な目にあわせてしまった」と言っていたし、俺もそう思っているが、どうやら昴自身はそれも承知の上の様だった。


 本当に……たくましい人だとは思う。


 ただ、それだけに俺は……いや、俺たちはとても心配だ。幽霊たち関わって昴に前回の様な事が起きてしまっては、今度こそご家族に合わせる顔がない。


 今回は学校で偶然聞いた話だが、もしかしたら勝幸さんも何かしらの『情報』を持っているかも知れない。


 そこで学校帰りにわざわざ寄ったのだ。


 後は、俺が話をしていた張本人たちから聞いた話を照らし合わせれば、前回の様な危険は回避できるのではないか……そう考えたのだ――。

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