参枚目 池の暗い底

第1話


 ――痛い。


 俺が最初に感じたのは『冷たさ』よりも『痛さ』だった。


 身体に力を入れているわけでもないから、自分がどんどん下に落ちていくのがよく分かる。


 これで終わる……いや、終わることが出来る……やっと。


 実際、生きているのが辛かった。家族も、生まれたときからずっと一緒だった弟も『村の掟』が俺から全てを奪っていった。


 ――これで、終わり。意外とあっけないモノだ。


 でも、コレでやっと、みんなのところに行ける。随分待たせてしまった……と、俺は最初そう思っていた……。


『え……』


 気がつくと、俺は……見覚えのない古びた神社の鳥居の前に立っていた――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 俺『音沢おとさわみどり』と『日和ひよりすばる』は昔からの幼なじみである。


 ただ多くの人は俺たちは『小学生の頃から』だと思っている様だ。


 しかし、実際のところ『知り合った』という事だけで言えば『小学校に入る前』の話だ。


 でも、この話をしようと思うと、俺の姉さんである『琴葉ことはさん』や昴の伯父に当たる『神薙かんなぎ勝幸かつゆきさん』も関わってくるから、また今度にしよう。


「…………」


 では、なぜこんな話題を出したのかというと……。


「……はぁ」


 毎朝下駄箱に入っている大量の『ラブレター』という名の『手紙』を前にしていたからだ。


「…………」


 もちろん、俺は手紙をくれる事自体に文句なんてない。気持ちのこもっているモノをもらって悪い気はしない。


 ただ、毎日コレを片付ける人間の身にはなってほしいとは思う。


『うわぁ、今日も大量だねぇ』

「本当、すごい量ね」


 いつも、朝の挨拶よりもこの『大量のラブレター』の話題が先になってしまうのが、俺としては悩ましい。


「……おはよう。昴」


 俺としては『普通』に玄関前で『普通』に挨拶をしたいところだ。


「おはよう」

『おはようございます、緑さん』


 ちょっと前までは一緒に登校していたが、今は別々に登校している。でも、元々は別々に登校していたのだから、ちょっと前に戻っただけなんだけれど……。


「数馬もおはよう」

『はーい』


 それに、周囲の人間がどう思ったかは知らないが、前まで一緒に登校していたのは俺が勝手に昴を待って来ていただけの話である。


 ただ昴はそれが「申し訳ない」と感じていた……というのは分かっていた。


「あっ、じゃあ……」

「ああ」


 それだけ言うと、昴は下駄箱から自分の靴を取り出し、そのまま自分の教室へと向かって行った。


 昴と数馬の後ろ姿を見送り、俺は前もって持ってきていた袋に『手紙』をつめた。


「……」


 俺と昴は決して付き合っているワケではない。


 しかし、この話が出たことがない……というワケではない。むしろ小学、中学、高校と学校が変わる度にこの話題はどうしても上がってしまう。


 でも、昴が気を遣ってくれたおかげか、いつも大体は一学期が終わる頃にはこの話は終結する。


 俺自身、そういった事はあまり気にしない人間だ。


 毎朝のこうした『ラブレター』を面倒だと思いながらも、昴の気遣いのおかげで誰も変な噂に惑わされるず、俺はこうして学校生活を送る事が出来ているのだから、これくらいはむしろ目をつむるべきだ。


「…………」


 しかし、昴に限って言えば……この間、この学校の近所であった夏祭り。その会場である神社の池に落ちた。


 ただ『池に落ちた』というだけであれば、こんなのは単なる笑い話で済んだだろう。


 でもどうやらその時、昴に『死神』が憑いてしまったらしい。それがさっき昴の隣にいた『数馬』だ。


 俺は……昴が池に落ちた時、その夏祭り会場にいた。


 元々は昴を誘うつもりだったが、昴が自分のクラスメイトと一緒に行く様に提案してきた。


 俺としては「あまり行きたい気分ではなかったが、昴にも何か考えがあって言ってくれたのだろう」と思ってその提案に乗ったのだ。


 しかし、実際行ってみると……女子はなぜか無駄にひっついてくるし、男子は妙に馴れ馴れしかった。


 そんな状況に飽き飽きしているところに、姉さんから連絡があり、俺は急いで病院に向かった……という感じだ。


「…………」


 俺は、それを今でも非常に後悔している。


 昴の提案を俺が拒否し「昴と一緒にいたい……」とでも言えば、今の状況は変わっていたかも知れない。


「はぁ」


 自分の教室にため息をつきながら入ると……。


「…………」

「…………」


 さっきまで騒がしかった教室は、俺が入ったことにより、急に静まりかえった。コレもいつも通り……コレが俺にとっての『普通』だ。


「おーい、席着けー……って、なんでこんなに静かなんだ?」


 ただ、今日は行ってきたのは副担任だった。


 どうやら担任は今日は出張らしく、代わりに来た『副担任』はこの教室の静けさに面食らっている。


「気にしないでください」

「おっ、おお……」


 いつもの担任は全く気にしないが……まぁ、あまり来ない人にとっては、この教室の雰囲気は『異様』に映っても仕方がない。


「さて……と」


 なんて、さっきまで面食らっていた副担任は気を取り直し、出席を取ろうと出席簿を広げている。


「じゃあ……」


 俺も自分の席に座り、こうして俺の『日常』が今日も始まった――。

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