弐枚目 黒い小犬と公園

第1話


 その日は、いつも通りの帰り道を通ったはずだった。


「それでさー」

「アッハハハッ! それ本当!?」


 ただその日帰った時間は『いつも』より少し遅く、日も少し傾いていて、いつもと比べると……暗い。


 でも、そんな些細な事が影響してもっと遅く帰る事だってある。だから、私もいつも一緒に帰っている友達も全然気にしていない。


 そして、いつもと同じように……なんなら朝も同じ道を通るからいつもと同じように公園の前へとさしかかった。


『ワンッ!』


 聞き覚えのある『鳴き声』だ。


「……?」


 それこそ近所やテレビでもよく聞くくらい聞き馴染みのある『鳴き声』である。


「ん? どうかしたの?」


 しかし、友達が不思議そうに首をかしげて振り返っているところを見ると……どうやら『鳴き声』を聞いたのは私だけの様だ。


「いっ、いや……今何かの鳴き声が……」


 私が公園の方を見ながら言うと、友達は「鳴き声?」と聞き返し、公園の方を見た……が。


「あっ、あれ?」


 ――そこには何もいない。


「気のせいなんじゃない?」

「うっ、うん。そう……みたい」


 気不味そうに顔を戻し、先を歩く友達に追いつこうとした瞬間――。


「あっ、明日香!」


 私は目の前の光景に思わず目を疑った。


「?」


 不思議そうに振り返った友達の『明日香』は、一瞬にして私の視界からいなくなり、代わりに私の前には真っ赤な車が止まっていた――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……」


『無言でも絵になる人って、罪だよね』


 数馬はそう言いながら緑を見ると、さらに『はぁ……』とため息をついた。


「あんたは何をやっているのよ」

『いやさ、緑さんを見ていると……ああやって遠目で見ている人たちの気持ちが分かるなぁって』


「分かってどうするのよ」

『えー? 別にどうもしないけど』


「……訳が分かんないわよ」

『あはは』


 私と緑は同じ学年ではあっても、別のクラスだ。


「……でも、いくら『幼なじみ』と言ってもよほどの『理由』がない限り自分から緑の教室に行くことはないわね」


『……なんで?』

「今言った通りよ。理由がないから行く必要もない」


『えー? 他に理由があるんじゃないの?』

「……」


 数馬はそう言って探るように私の方を見てきて、私はその視線からワザとらしく外したが……実は数馬の言うとおりだった。


「…………」


 最初の頃、それこそ小学校に入ったばかりの話である。


 その当時から緑は近所でも有名な『イケメン』だった。ただ私は小学校に入る前から知っているし、なおかつ顔なんて見慣れていたから特に感じていなかったけど……。


 入学してから緑の周りは女子でいっぱいになった。


 それこそクラスの女子に始まり、別のクラスの女子、そして上級生……しまいには保護者の親まで口を揃えて『イケメン』と言って自分の子供そっちのけで保護者会に緑を見に来る始末だった。


 ――普通。そんな状況だったら同性からのやっかみとか、嫌がらせとかありそうなモノだ。


 でも、そんな彼らからはむしろ『尊敬』の眼差しを向けられていたのだが、本人は「別に気にしていない」と口で言っていたけど、本心ではかなり面倒に感じて様だ。


 ――なんて話を聞いたのは、中学を卒業した後の事だった。


 そして、そんな状況を目の当たりにした私は……その女子たちに圧倒され、次第に『学校内』では緑を避けるようになった。


『本当はあの夏祭りだって一人で来るつもりはなかったんでしょ?』

「……そもそも行くつもりもなかった」


 そう、本当は行くつもりなんてなかったのだ。しかし、そう言う時に限って冷蔵庫の中身は空だったのだ。


『ふーん、それで仕方なく行って……』

「……まさかこんな『おまけ』がついて来るとは思っていなかったけど」


 こんな風に周りには見えるはずのない『死神』の数馬と話しているのを他に見られて困る……なんて事はない。


 なんだかんだ友達と話したり、今の内に教師に質問しに行ったり、遊びに外や体育館に行ったりしてみんな何かと忙しいのだ。


『でも、なんか意外だなぁ』

「何がよ」


『いや何となくさ、緑さんは昴を一人でなんて行かせないだろうなぁと思ってさ』

「……なんでそう思うのよ」


『うーん、何となく昴に対する緑さんの様子を見てさ』

「……」


 そう、数馬の言うとおり、なぜか緑は私を夏祭りに誘ってきた。


 しかし、私はそれを断った……だけではなく、同じくクラスの女子と男子たちに『譲った』のだ。


 まぁ、そもそも譲った彼らから「音沢おとさわくんを夏祭りに誘うのを手伝って欲しい」と最初から頼まれていた……というのもあるけど。


 だから、私はあえて彼らを呼んで「一緒に行ってくれば?」とそう言ったのだ。


『ふーん? それで緑さんはその彼らと行った……と』

「ええ」


『ふーん』

「……何よ」


 数馬は何か言いたそうな様子だったが、なぜか『べーつに』と言ってそっぽを向いてしまった。


「……?」


 なぜ数馬がそんな態度をとったのかは分からない。


 でもまぁ、結果として私はこうなってしまい、検査入院から退院し、教室に入って最初に私は彼らから感謝と謝罪をされた……というのは、ただの後日談である。

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