第6話


「はぁ。本当に……どんだけ広いんだろ」

『本っ当にすごいね』


「夏のヒマワリが咲いている時は土地の広さとか気にしたことはなかったのですが、こうして見ると本当にとても広いですね。私もこの時期、ここに来ることがないので」


「地面もぬかるんでいるし、足下にも気をつけないといけないからかなりそれで手間取りそうだな」


 元々の広大な土地の広さと、ヒマワリ畑の草が伸び放題になっている事も要因だった上に、どうやらここの地域は昨日。雨が降ったらしく、地面もぬかるんでいた。


「このヒマワリ畑は、基本的に誰が手入れをするっていう決まりがないので、時期が来るまで放置している状態になってまして……」

「そうなのですね」


 女性から詳しい話を聞くと……どうやらこのヒマワリ畑は最初、近くにある保育園の子供たちがヒマワリの種を植えた事がキッカケだったらしい。


 そして、そのヒマワリが枯れ、種が地面に埋まり、そこからまた芽を出し、成長し、花を咲かせる……という形になった。


『でも、ゴミとかが落ちているとかではないんだね』

「……そうね」


 それは多分。この地域の人がゴミ拾いをしているからだろう。


「何か気になる事があれば、お互いに報告しましょう」

「はい」


「そうですね」

『了解っ!』


 こうして私たちは、一列ごとに担当をしながら『ヒマワリ畑』の中をかき分けて進んだ。


「ん……? なに? コレ」

『なっ、なんか……穴を堀って埋めて、土をかぶせましたって感じだね』


「……」

『……』


 ゆっくりと道を進んでしばらくした頃、私と数馬は一本のヒマワリの下に不自然な『土の盛り上がり』を見つけた。


「どうかされ……うっ……」

「昴。どうかしたか……って。すっ、すごい」


 あまりにも不自然だったため、緑と女性を呼んだのだが……。


「ここ最近雨が降っていから……という事かも知れないのですが。ちょっと……臭いが」


 一応オブラートに包んで言ったつもりだが、ここら周辺が他と比べて……かなり『臭い』が気になる。


「…………」


 ただ、今の状況はあまりに不自然過ぎる……そう思ったのか、緑はその土を少しどかした。


 すると――――。


「っ!」


「みっ、緑……」

『まさか……』

「そのまさか……かもな」


 その瞬間――私たちの目に『あるモノ』が飛び込んできた。


「すみませんが……」


 緑はあえて、それ以上は『土』を触らずに、真っ青になっている女性に向って「警察に連絡してください」とお願いをした。


「……」


 多分。それ以上この場に女性をいさせないために、緑はあえてその場から離れるようにしたのだろう。


「はっ、はい……」


 そう言われても従わない人もたまにいるが、その女性は顔を青ざめていながらも少し離れた場所で警察に連絡をしていた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「では、あなたが最初に発見された……と」

「はい。あまりにも不自然だったので……」


 すぐに到着した警察の方に私は状況を説明した。


「……」


『やっぱり昴でも、動揺しちゃうね』

「さすがにこの状況じゃ、動揺もするだろうよ」


 なんていうやり取りを緑と数馬がしていたのが聞こえた。


「なるほど。それではまた何かありましたら……」

「はい。ありがとうございました」


 そして、土が盛り上がっていた『場所』から出てきたのは、ヒマワリ畑で優しく微笑んで写真に写っていた『龍端りゅうばた陽詩ひなたさん』だと……私たちは後日、知らされたのだった――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『…………』


 私が……いや、私たちが無言のまま見つめた先には喪服に身を包んだ人たちでいっぱいだ。


「……うっ」

「ほら、行きましょう」


「お焼香を終えた方は……」


「可哀想に……」


 ある人は泣き、その横にいる人が付き添い、係の人が誘導し、またある人は陽詩さんの昔話をしている声が聞こえる……。


「……」

「……」

『……』


 私たちはそんな周辺の様子を観察していたのだが、参列者ではない。


 その証拠に、私は喪服の様に黒い服は着ていない。いつもと何一つ替わらない服装で、いつもバイトの時に使っているリュックを担いでいた。


「これで……満足した?」

『はい……』


 口ではそう言っているが、やはり陽詩さんの心の中では気になる事がある様だ。


『ダメだよ。最期はちゃんと悔いのないようにしないと!』

『……でも』


「そろそろ出発するはずだから、まだ見るチャンスはあると思うけど……」


 すると……ぞろぞろと部屋からたくさんの人たちが外から出て来た。そして、棺が男性たちの手によって運び出された……。


『どっ、どこだろう?』


 しかし、私たちが待っているのは、棺ではなく……陽詩さんの遺影を持っている『人物』だった。


『あっ、あれじゃない?』

「ん? どこ?」


 数馬がいち早く気がつき、その人を指していたのだが、私はなかなか見つけられない。


『あっ……』


 正直、私が見つけようが見つけられまいがどうでもいい。本当に見て欲しい人が見つけられれば、私はそれで良かった。


 陽詩さんは『これ以上、心配をかけさせたくない……』私に会った時、最初にそう言ってきた。


 しかし、その心配していた人を見つけられて、陽詩さんは泣きそうな……いや、どこかホッ……とした表情をしていた。


 ――私たちが今、遠くからでもいいから見つけたい『人』。


『……』


 その人は、陽詩さんの遺影を持った……妹の『ほのかさん』だった。両親が離婚して以来、会っていなかった『妹』を陽詩さんはずっと気にしていたのだ。


 ただ私は、この葬式の喪主は陽詩さんの母親が勤めていた……と後で新聞を見てその事実を知ったのだった――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「そうか。やっぱり、この間来たのは妹だったのか」

『そうみたいだねぇ』


 陽詩さんの葬式を見届けた数日後。私と数馬は帰り道、緑にそう伝えた。


「……」


 この陽詩さんの事件は、新聞やニュースなどで取り上げられていたらしいが、私はあまりテレビを見ない。


 その上、新聞もほとんど見る事がない。


 しかし、陽詩さんの件もあり、久しぶりに見たテレビでは死因が首を絞めた事によるものだった……とか、抵抗した際に爪に残っていたDNAが証拠になった……など詳細を説明していた。


「それにしても、いつまで経っても姉や兄は妹や弟を心配するんだな」

『確かに、一回りも年が離れていたら、妹っていうよりも、ちょっと遠い存在に感じてしまいそうだし』

「まぁ、それだけ年が離れていれば……」


 現に陽詩さんは、自身の心配ではなく、あくまで妹の心配をしていた。


 両親が離婚して以来会っていない……と一緒に探してくれていた人は言っていたが、実際はよく会っていたのかも知れない。


「まぁ、実際のところは分からないけど」

『そうだね』


 ただ、もしかしたら……勝幸さんも、私をいつまでも『子供』と思っているのかも知れない……なんて思った。


「それに、妹の為にたくさんのバイトを学生時代からしていたみたいだな」

『へぇ、そうなんだ』


 確か、父親と口論になった原因が『お金』に関する事だった……とニュースでは言っていた。


「でも、緑。どこでそんな情報を?」

「昨日。葬儀と告別式を終えた妹さんとお母さんがあの診療所に来て、その時に聞いたんだよ」


 私が倒れた時、診療所を訪ねてきた人は陽詩さんの『妹』だったらしい。


「ふーん」

『へぇ、知らなかったや』


「ただまぁ、妹さんに「見つけて欲しい」と言われて、結局見つけはしたが……亡くなった状態だったから……何か言われんじゃねぇか……ってちょっと覚悟していただけどな」


「そんな事は……どうだろ」

『あれ、ここはそんな事はないっていうところじゃない?』


 私も家族を亡くした時、何とも言えない理不尽な怒りを覚えた。


 その結果、緑や琴葉さんなど周りの人に当たってしまったコトがあったから、緑のいう『覚悟』の意味もちょっとは分かる気がした。


「でも、妹さん。『ほのかさん』は……ただ一言『ありがとうございました』って言ってくれてささ」


「……」


 そのたった一言に、どんな思いが込められていたのだろう。


「あっ、そういえば陽詩さんは……」

「霊柩車が行ったのを見送った後に、旅立っていったよ」

『僕たちにお礼を言ってね』


「そうか。それで『御札』は?」

「ん? ああ、突然だったから驚いたけど」


 そう言って私は、『一』と書かれた御札を優也さんに見せた。


「ふーん、これが……」


 この御札は、陽詩さんが私たちにお礼を言い、光と共に旅立った後。ふと何気なく触った上着のポケットに入っていたのだ。


「……ただの紙の様に見えるな」

『ところがどっこい、この御札に触れるの、この人だけなんだよ』


 数馬の言葉を「信じられない」という表情で目の前に置かれた『御札』に触ろうとした。


「ん?」


 だが、緑は掴む事も触る事すら出来なかった。


「へぇ、すごいな」

「一枚手に入ったし、地道にコツコツとするよ」


『そうだねぇ』


「……もし、何か俺にも出来ることがあれば言えよ」

「……ありがとう」


『僕からもよろしくお願いします』

「なんであんたがお願いするの?」


『だって、僕一人の力じゃどうしようもないって事もあるからさ』

「いや、あんたは死神なんだから緑に頼ろうとしないで自力で頑張りなさいよ」


『えー、昴だって頼っているじゃんか』


「いや。わっ、私は……」

「まっ、俺はあくまでサポート……だからな」


『まっ、頑張るしかないって事か』

「あんたが言うな!」


 私がそう言って数馬を小突いた。


「フッ……」


 そんな私たちを見ながら緑は小さく笑っていた――。

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