第3話


「……」

「……」


『あっ、えと……』


 重い沈黙が流れている中――。


「あらっ、昴ちゃん目が覚めたのね」


 突然、ノックもなしに扉が開き、琴葉さんが現れた。


「……」

「……」


「えっと……お邪魔だったかしら?」

『いや、全然! むしろありがたい!』


 なんて数馬は喜びを全身で表現していたが。


「……??」


 どうやら琴葉さんに数馬の姿は見えていない様だ。


「おっ、お騒がせしてすみません」

「いいのよ。元はと言えば寝不足なのに気がついておきながら何もしなかった『男共』が悪いんだから」


 そう言って琴葉さんは大げさに笑って見せた。


「琴葉さん、そろそろ……」


 琴葉さんが来て十分も経たない内に、今度は勝幸伯父さんが何やらメモ紙の様なモノを持って現れた。


「おっ、伯父さん」

「ん? よかった、昴。目が覚めたんだね」


 勝幸伯父さんはそう言って穏やかな笑みを私に返した。


「……」


 この人は本当に……なんというか、心底『穏やかな人』だと思う。


「伯父さんもすみません」

「そうだねぇ、出来れば倒れる前に一言相談してほしかった……とは思うけど」


 なんて言っているが、その表情はやはり穏やかで、なんというか……正直この人は『怒り』という感情が分かりにくい。


「勝幸さん、姉さんに用事があったんじゃないですか?」


 しかし、緑はすぐに話題を転換しようとした……という事は、やはり勝幸伯父さんはちょっと怒っていた様だ。


 私はあまりその『感情の起伏』というのには疎い方だが、代わりに緑はそういった事には鋭い方らしい。


「ああ、そうだね。でも、昴が起きたのなら一緒に聞いてもらおうかな」

「えっ、私……ですか?」


「……」


「もちろん、隣にいる『死神』の君と……」

『ぼっ、僕も?』


「緑くんも……ね」

「……やっぱりですか」


 何となく嫌な予感がしていたのか、椅子から腰を上げかけていた緑を制するように勝幸伯父さんはそう付け加えた。


「うん、そうだよ」

「はぁ」


「??」

『??』


 緑は『何のこと』を言っているのか分かっている。だがしかし、当の指名された私と数馬は分からず、お互い不思議そうに首をひねった。


 ちなみに、琴葉さんは「あっ! もうこんな時間じゃない!」と言ってバタバタと受付の方へと行っている。


「……相変わらず、うるさい人」

「ハハハ、あんまりそう言わないで。毎日退屈しなくていいよ?」


「そうなんですか?」

「そんなもんだよ」


 なんて男二人、そんな会話をしている横で私は一体どういう表情をすればいいのだろうか。


『なっ、なんかあの二人って……似たもの同士?』

「……かもね」


 とりあえず、そう言ってきた数馬に対し、そう返した。正直、勝幸伯父さんと緑はなんだかんだ言って『似ている』と思う。


 それは、見た目……とかそういった『目に見える部分』ではなく、それこそ『内面』とか『性格』の様な部分が……である。


「それで、俺たちに『話』ってなんですか」

「ああ、そうだったね。実は、ついさっき一人の女性がここを訪ねてきたのは……見ていたよね」


「え?」

「まぁ、昴は寝ていて知らないと思うけど」


 私が不思議そうにしていると、勝幸伯父さんは苦笑いでそう言った。


「昴からは俺から後で説明しておきます……それで?」

「ああ、実はその人行方不明になった人を探して欲しいって来たんだ」


「人……探し?」

「うん、どうやらご友人と連絡がつかなくなってしまったらしい……」


『だったら、それは警察に言えばいいんじゃ……』

「うん」


 数馬の言っている事はもっともだと思う。


「普通なら、確かにそうだろうね」

「でも、わざわざここに来たんですね」


「もちろん、警察に言って捜索はしてもらっているらしいんだけど……」

「見つからない……というわけですか」


「……」


 勝幸伯父さんの沈黙から「なんとなく……そうだろう」と、思った。


『でも、どうしてここに?』


 数馬はさらに「分からない」といった表情を見せている。


「…………」


 でも、無理もないかも知れない。普通にここまで話を聞いても,やはり「診療所に来る理由」にはなっていないからだ。


「ああ、そっか。君はここが『そういった類』の話も聞いてくれる『場所』だって知らないんだもんね。じゃあ仕方ないか」


『えっ、どっ……どういう事ですか?』


 さらに困惑したように数馬は私と緑の顔を見ながら何やら助けを求めている。


「この人は元々、別の病院の医師だったんだが、自分も俺と同じように『見える人間』だからって、たまにこうして色々そういう話を聞くらしい」

「それが口コミで広まって、たまにそういった『幽霊』とかで悩んでいる人がここに来て『相談』することがあるらしいんだけど……」


 あくまでそれは琴葉さんから伝え聞いただけの話で、まさか本当に『相談に来る人』がいるとは思ってもいなかった。


「で、その『用件』ってなんですか」

「ああ、それがね、ある日突然その探している人が女性の前に現れたんだって」


「……現れた?」

「そう、それでただ「見つけて……」って言っただけで、消えてしまったらしくて」


「消えた……」

『……』


「本人曰く、ご友人が突然と姿を消してしまった後、もしかして『彼女は幽霊となって私の前に現れたのではないか……』と感じたらしいんだけど」

「……」


「でも、こんな話。普通の人に言ったところで信じてくれるとは思えない。ましてや警察に言っても……と思っていた矢先、偶然見つけた口コミで見つけたサイトを見て、訪ねて来た……という事らしい」

「…………」


 真剣に緑はその話を聞いていたけど……、まさか緑もこういった『相談』に関わっているとは思ってもいなかった。


「……」


 小学生からずっと一緒にいると思っていたけど、私。緑の事、あまり知らなかったんだな……とこの時ばかりは思い知らされた。


『それで……その人からその探している人の写真を見せてもらったんだけど……」

「写真ですか?」

「??」


「うん、いなくなるちょっと前に撮ったモノらしい」

「なるほど……」

「……」


 そう言って勝幸伯父さんは一枚の写真を私たちに見えるように差し出した。


「ふーん……」

『なかなかの美人さんですね』


 ただ、その反応は数馬と緑で違っていた。


 勝幸さんが見せた一枚の『写真』には、ひまわり畑で満面の笑みを見せている一人の女性が写っている。


 写真に写っているその女性の髪は茶色く、長い……。そして、その服装は白いロングワンピース。


「……えっ」


 しかし、私の反応はこの二人とは全く違う……。


 それこそ『驚き』そのものだった。


『昴?』

「どうした?」


「なっ、なんで……」


 なぜならその写真に写っていたのは……ついさっき私の前に現れた『ヒマワリ畑の女性』その人だったのだから――。

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