第2話


「はーい……って、緑か」

「悪いか」


 そう言って出迎えたのは、緑の姉で既婚者である『神薙かんなぎ琴葉ことは』だった。


「それで? どうかしたの……って? 昴ちゃんじゃない!」

「いちいちうるさい」


「えっ、何? どうしたのよ」

「分からねぇ、突然目の前で倒れたんだ」


「えぇ!」

「はぁ……」


 そう言いながら緑は若干イライラしながらため息をついた。


「どうかしたのかい? そんな大声出して」

「勝幸さん」


「おや? 君が背中に背負っているのは昴かい?」

「はい、出来れば寝かせてやりたいのですが」


「うん、いいよ」


 特に深い事情を追求する事もなく、勝幸さんはベッドを貸してくれた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「さて、それじゃあ」

「?」


 そう言いながら勝幸さんは近くにあったパイプ椅子に座った。


「君の隣にいる『その子』と『昴が倒れた理由』について教えてくれるかな?」

『……!』

「…………」


 勝幸さんの目は鋭い。


「……理由は知りませんが、ここ最近。寝不足だった様です」

「なるほど、それで君は『死神』かな?」


『!』


「そんなに驚かなくても大丈夫よ」

『え……』


 そう言って今度は琴葉さんが現れた。


「うん、俺も緑と同じ『見える人』だからね」

『……』


「あっ、ちなみに私は見えないから」


 琴葉さんはそう言って手を振って否定した。


 確かに琴葉さんが笑顔で手を振っているのは……僕のいる場所とは全く別の方向だ。


『……』


 どうやら間違いないらしい。


「ところで、事情は分かったけど緑、あんた。学校どうすんのよ」

「…………」

『あっ』


 緑はここまで昴を背負って来た。それはつまり、ここに来るまで時間がかかっている。


 つまり、学校はすでに始まっている。


「サボる」

「いや、ダメでしょ」


「……」

「……」


 二人そろって睨み合っていると――。


「まぁまぁ、緑も昴が心配しているからこそだと思うよ」


「……」

「そっ、そうなの?」


「……うるさいですよ」

『……』


 痛いところを突かれたのか、緑は顔をプイッとそむけてしまった。


『……』


 どうやら緑は自分に不利な事や痛いところを突かれると無言になってしまう様らしい。


「あっ、あのー」


 緑が顔を背けてすぐ、診療所の玄関からそんな声が聞こえて来た。


「……誰か来たんじゃないか?」

「そうみたいね」


 それだけ言うと、琴葉さんはいそいそと玄関へと向かった――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「今日はどうされましたか?」

「あの……実は、ちょっと『相談』したい事がありまして」


『……相談事?』

「……」


 その声が聞こえ、数馬はチラッと……覗いた。


「おい、覗き見するなよ」

『……はーい』


 正直、その話は気になったが緑の言葉に渋々音を立てない様に扉をそっ……と閉めた。


「……」

『あっ! 気が付いた? よかった。遅いけどおはよう、昴』


 私が目を覚まして最初に目に入ってきたのは……自称『死神』の『数馬』の姿だった。


「…………」


 ここは「おはよう」とか言ってあげれば、まだカワイイ反応だろう。


 しかし、私にそう言った『カワイイ』という反応はしない。その代わり、起き上がりながら無言で……数馬の頭を枕で叩いた。


『いっ……てー!』


 確か出会った時も……いや、あの時はただ単に驚いて『ボールペン』を投げたが、今回は特に何もなかったので、手元にある『武器』を行使した。


『っ……』


 おかげで、不意をつかれた数馬は思いっきり頭を押さえて悶絶していた……。


『いきなり何するんだよー』

「……その調子で話されると、全然怒っている感じがない」


『えー……というか思わず……で、人に向かってモノを投げたり叩いたりしたらダメだって! 危ないから!』

「……」


『とっ……とりあえず、危ないから!』

「ああ、大丈夫。普通の人にはやらないから」


 口では「分からない」という雰囲気で言っているが、本当は別に理由はなくて、ただイラついただけである。


「……」

『あっ』


そんな数馬とやりとりを緑は無言で見ていた。


「……緑」

「……」


「えと、また迷惑かけてごめん……」


 私は無言の緑に向かい、そう言うと……。


「ほら」


 言葉の代わりに飲み物を手渡してきた。


「まぁ、いきなり今まで見えていなかったモノが見えるようになったから……気が動転したんだろ。しかたない」

「……」


 意外な言葉とその対応に驚いてしまった。


 でも、どうやら緑としても『私がいきなり倒れた』という事自体、かなり堪えた様だ……。


「……ごめん、ありがとう」

「おう」


「……」

「……」


『えっ……えっと』


 私はさらに申し訳ない気持ちになり、数馬は私たちの間に流れている『重い空気』をどうしたらいいのか分からずオロオロしていた――。

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