壱枚目 ヒマワリ畑で待ってる
第1話
「……眠い」
「大丈夫ですか?」
そんな突然の出来事から数日たったある日。
「店長、やっぱり昴さんのシフト減らした方がいいですって」
「うーん。確かに入院していたしなぁ」
「だっ、大丈夫ですよ。異常なしだったんで」
現に、店長は私を見ながら心配そうに「そうか?」と言いつつも品出しを続けている。
でも、やはり私が入院していた事は気になっているらしく「気分が優れなかったり、体調が優れなかったりしたらすぐに言うんだぞ」と私に釘を刺した。
ただ、今の状態でシフトを減らすのはかなり厳しいことはそれくらい『人手がない』という事は、働いている私たちがよーく分かっているつもりだ。
でも、なんだかんだ私を心配してくれているのだろうからありがたい話である。
『……見……て……』
――その『声』は突然聞こえた。
「……?」
最初は「ただの空耳だろう……」と特に気にしていなかった。それに、その声もその日はその一回だけで何もなかった。
しかし、日を重ねる内に「空耳だ」と思っていた声が、バイト中だけでなく、学校……果ては部屋にいる時ですら聞こえる様になっていた。
『……どうかしたの?』
ただなぜか『声』は聞こえるのに、前に見た様な『光』などの様な目に見える様なモノは一切ない。
しかも、私の近くにいるはずの数馬も、さっきから聞こえている『声』に全く気がついていない様だ。
『……見つけて』
「……」
そうこうしている内に、途切れ途切れだったその『声』が次第にハッキリと聞こえるようになった。
そして「その『声の主』が『女性』によるモノではないか」と予測できるほどになっていた。
しかも、その『声』は次第に大きくなり、今ではこの声に悩まされ、次第に私は深刻な寝不足になっていた……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……おはよう」
「おう、おは……って、どっ……どうしたんだ。その大量のクマは……」
「……」
『えっと、なんか最近寝付けないらしくて』
数馬は苦笑いをしながらそう言っていたが、私はそれに対して何も言わずただ黙っていた。
「全く。最近まで入院していた人間が、寝不足はさすがに良くねぇだろ」
「ごめん……」
ただそう言うだけで精一杯で、私は下を向いた。
「……っ」
「おい、どうした?」
『だっ、大丈夫?』
心配そうに私の様子を二人は見ていたが、実はこの時点で私の視界はうすらぼんやりとしていた。
「……うん。大丈……夫……だから」
『!』
「昴っ!」
そんな今まで聞いた事のない緑の大声が、私に届いた時には――もうすでに私の意識は失くなっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『う……ん?』
目を覚まし、一度周りを見渡すと……すぐに「あっ、ここ。さっきいた場所じゃない」と理解した。
『…………』
なぜなら、私の周りには溢れんばかりの『ヒマワリ』が咲き乱れていたから……。
『見つけて、早く……』
この声……。
『……誰?』
『……お願い、誰でもいい。私の声が聞こえているなら……早く』
『いや、早くって言われても……』
どれだけ『見つけて』と言われても、声の主がどこにいるのか分からないもの探しようがない。
『……あなた、私の声が聞こえるのね』
『えっ』
辺りを見渡していると、突然『声の主』の声の調子が変わった。
『……!』
思わず振り返ると、地面に影が写り……顔を見上げると、そこにはいつ現れたのか、茶色く長い髪で白いワンピースを着た女性が立っている。
『……えっ!?』
『よかった。私の声が聞こえるあなたなら……きっと、私を見つけられる』
『あっ、あの』
『お願いするわ』
いきなりそんな事を言われると、いくら普段『ローテーション』と呼ばれる人間でも、そりゃあ驚くだろう。
『私を見つけて欲しい。私はあの子を……これ以上心配させたくない』
『あっ、あの子?』
私としては「……って、誰よ!」ツッコミを入れたいところだ。
しかし、この人はどうやら『自分を見つけてもらう事』で、その『誰か』の心配を和らげて欲しいという事だけは分かった。
『どうか頼みます』
『はっ!? えっ、ちょっ……ちょっと!』
しかし、私が声をかけた時にはもう、その人は……すでに暗闇へと姿を消してしまっていた――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『大丈夫……だよね?』
「……」
倒れてしまった昴を背負いながら緑と数馬は、とりあえず姉の働く『診療所』へと向かっていた。
「……」
確かにここ最近、顔色が優れないとは思っていた。
「……」
ただ、昴の悪い癖なのか……とにかく人に自分の弱みを見せるのを極端に嫌がる。
でも、昴の気持ちも分かる。
『……』
「どうかしたか?」
『いや』
「……なんだよ、気になるならちゃんと言えよ」
『いや、本人たちが『腐れ縁』って言っているけどさ』
「腐れ縁だな」
『でも、腐れ縁ってさ。普通ここまでするのかなぁって思ってさ』
「……普通かどうかは知らねぇけど、目の前で人が倒れて放置はしねぇだろ」
『まぁ、そうだね』
確かに、目の前で人が倒れて何もしない人はいないだろう。それが例え……知り合いであろうとなかろうと――。
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