第4話


「ふぅ」


 結局、病院では「念のため……」という事で『検査入院』をする事になり、一週間後。無事『異常なし』の診断を受けることが出来た。


「昴、荷物はここでいいか?」

「あっ、うん。ありがとう」


 一言に「検査入院」とは言ってもやはり多少なり荷物がある。そこで「何かあったら困るから」という心配性な緑と共に『今は』一人暮らしをしている自宅へと戻って来た。


「……」


 こうして改めてみると一人でこの家に住むには正直、広すぎる。でも、しょうがない。


 父は現在都会に単身赴任しているし、母は父が今とは別の単身赴任をしていた時に……亡くなってしまった。


 母が亡くなってすぐ、父は「赴任先で一緒に住むか?」と言ってきたが、私はどうしてもこの土地を離れるのが嫌でここに残ることにした。


「とりあえず、異常はない……って言っていたけど」

「ん?」


 母が亡くなってしばらく経つが、勝幸伯父さんたちや近所の人の協力もあって私は今でも特に不自由なくこのちょっと広い家で生活が出来ている。


「本当に大丈夫なのか?」

「うっ、うん。なんで?」


「いや」


 私の言葉に緑は「そうか」と小さく呟き、てそのままキッチンへと姿を消してしまった。


「??」


 緑の言葉に若干の違和感を覚えつつも私は入院中の荷物を整理することにした。


「ん? なんだろう、この匂い」


 そしてすぐに味噌汁の安心する匂いに気がついた。


「緑?」

「ん?」


「料理、出来たんだ」

「失礼だな」


 別に理由はない。調理実習の時に調味料の量がおかしいとか、火事をしでかしたとかそんな事をした訳じゃない。


 それに何事もなく平然と『料理を作っている』という事自体に驚いていた。


「……」

「……」


 そんな私をよそに緑は手際良く出来た料理を並べ、「冷めないうちに」と言いながら私の前に座った。


「……」


 私の目の前に置かれているのは、豆腐の入っている味噌汁と……目玉焼きがのっている少し珍しい『ご飯』だ。


「……」


 それにひと際『緑色』が目立つ。しかし、よく見ると……どうやら『枝豆』が入っているようだ。


「本当に美味しそう」

「せっかく作ったのに失礼だな」


「いっ、いやそんなつもりじゃ……」

「冗談だ。とりあえず食べろ」


 そう言われて私は「じゃあ……」と目の前にある味噌汁を手に取り、一口飲んだ。


「……! 美味しい」

「おっ、口に合ったみたいでよかった」


「あっ、これは『枝豆』かな?」

「ああ。他にも万能ネギ、大葉にミョウガやしょうがなどの『薬味』も入れて、後は味噌汁にもたくさん入れた」


「へぇ」

「まぁ一応体に良さそうだと思って入れてみた」


「そっか、体にいいんだ『薬味』って」

「ああ、たとえば『薬味』には食欲促進や夏バテ防止、消化促進などなど色々な効果があるらしい」


「……らしい?」

「らしい」


「……」

「……」


 お互いしばらく無言で食べていると……。


「ところで……」

「?」


 突然、鋭い眼光で緑は私の肩に乗っている病室で突然現れた『男の子』に視線を向けた――。


「……お前、もしかして『死神』か?」

「え……?」


 緑はまるで確認を取るように『男の子』に向かって尋ねた。


『!!』


 その鋭い眼光を男の子に向けたままだったけど、それ以上に男の子は「えっ、この人。僕の事、見えているの?」という驚きの表情だ。


「……」


 でも、確かに緑が病室に来た時点ではこの『男の子』に対して何も反応を示していなかった。


 だからこそ、この子は「私以外に見えていない」と思っていたはずだ。それなのいきなりこの一言だ。


 その子はさぞ驚いただろう。


「……」


 でも、そのアクションを見る限り彼が『死神』で間違いなさそうだ。


「緑。やっぱり見えて?」

「まぁ。実は病室に入った時から見えてはいたけど……でも、あまり騒ぎ立ててはいけないと思っていたからな」


「そっか」

「悪い」


 確かにあの時、そんな話を突然されていても正直困る。だから緑の言っている事も理解が出来た。


『あっ、あなたは?』

「ただの腐れ縁だ」


『えっ、あっ。そっ、そうなんだ』


 男の子は緑の言葉を聞き、言葉に詰まっている。それもそうだろう。


『……』


 いきなり『正体』を見破られて……でも、あまり深くは追及してきていないのだから。


「ところで、さっきから話に出ている『死神』って?」

「いや、俺も名前は知っていてもあまり詳しくは」


 私の知っている知識の中で『死神』という存在はせいぜい大きい鎌を持っていて、その鎌で『魂』を獲るというモノ……だとどこかの本で読んだことがある。


 だけど、私もその程度の知識しかない。


『確かに西洋では大鎌を大抵持っているだけど、僕たちはこれ見よがしには見せないよ』

「一応、持ってはいるんだ」


『うん』

「ところで。名前は?」


『えっと、僕の名前は『数馬』。漢字では数字の数と馬って書くんだ』


「ふーん、あんた『数馬』って名前なのね」

『うん』

「……そうか」


「ん? 緑、どうかした?」

「いや、なんでもない」


 そう言うとなぜか緑は、私から視線を外した。


「ところで『死神』のお前がなんで昴と?」

『うーん。ちょっと頼みごとがあって』


 そして、なぜか数馬は私の方をチラッと見て小さく笑った。


「えっ。なっ、何? 頼み事って」

『えっとね。そもそも僕たち死神は、人間の魂を集めたり黄泉の国にその集めた魂を運び届けたりする事が基本的な仕事なんだけど……』


 つまり、『死神の仕事』は大体その『魂を送り届ける事』らしい。


「えっと、つまり?」

「つまり、昴はこいつ『数馬』にとりつかれてしまった……と言う事か」


 緑さんの言葉に数馬は……言いにくそうに首を縦に振った。


「……」


 私は思わず絶句した。


 だってまさか、夏祭りに行っていきなりひったくりの犯人に激突され、病院に運ばれ……挙句の果てに死神に憑りつかれるなんてツイていない……とさらに落ち込んだのだった。

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