第3話


「……ん? ここは?」


 見覚えのない天井。少し離れたところにあるベッド。それらを考えるとどうやらここは病院の様だ。


 しかも、勝幸伯父さんが営んでいる神薙かんなぎ診療所ではなく、もっと大きな『病院』の様だ。


「いっ……」


 一瞬走った頭で痛みを両手で抑え、ゆっくりと起き上がり。


『やっほー』

「……」


 それと同時に目の前にいる『人物?』に気がついた。


「…………」

『よっ、初めまして、眠り姫』


 その人物をパッと見た感じは『小さい』という印象を第一に受ける。


「…………」


 ただ服装はなぜか『和服』だ。


 性別がすぐに『男子』という事は分かるが、分かる事は服装と性別だけで、その他のことは何一つ分からない。


 しかも、私を見ながら頬杖をつき、楽しそうに足を交互にパタパタと動かしている。


「…………」

『……えっ?』


 とりあえず私は、近くにあったボールペンを思いっきり……投げた。


『うっ、うわーっ!』


 しかし『そいつ』は私の綺麗なスナップのかかった、攻撃を間一髪でかわした。


「……」

『いやいやっ!』


 かなりの早口で『男の子』は壁を指した。


「あっ」


 その方向には先ほど投げたボールペンは折れもせず、しかし、床にも落ちてもおらず、文字通り『壁に突き刺さって』いる。


『さすがにこのリアクションの予想はしていないから!』

「……?」


『いや、その前に出来ないから! 女の子がいきなりモノを投げるとか!』

「まぁ確かに、ところで私はなぜここに?」


 色々聞きたい事もあるが、それ以上になぜここに私がいるのかも非常に気になる。


『えー、色々無視? それ以前に、本当に分かってないの?』

「…………」


『ふーん……』

「…………」


 私はとりあえず、キョロキョロと自分の周りを見渡した。


『いやいや! そんな「他にも武器はあるんだよ?」みたいに探さなくていいから!』

「はぁ、いちいち騒がしい」


 ため息交じりに言ったのだが、その子は「えー」と不満気な声をあげた。


『うーん。そんじゃまず、君がここに運ばれたところから説明するね』

「……」


『まぁ、ざっくり言うと。君は、夏祭りを狙ったひっくり犯に突き飛ばされちゃって、神社の池にダイブした……という感じだね』

「………………」


 今の話を聞いて何となくこの頭痛の『原因』は分かった。要するに、私はその時頭を打ったのだろう。


 ――でも、それ以上に気になる。


『はぁはぁ』

「そんなに疲れるくらいなら、わざわざ早口じゃなくても……」


『はぁ。そこはほらね。ざっくりって、言っちゃったからね』

「……」


 そう本人は言っているが、決して『ザックリ言うという事』が『早口』という事を意味している訳ではないと思う。


『……』

「何? ジロジロと見て、私の顔に何か付いている?」


『いや、この話を聞いても意外に驚かないんだぁって思って』

「まぁ、断片的にしか覚えていなかった事が薄らぼんやりとは分かったつもりだけど」


『ふーん』

「……」


 詳しい話は後で何かしら説明があるだろう。ただ「なんとなく」でも分かっているだけで多少の心の準備は出来る。


「ねぇ」

『ん?』


「それで、あんたは結局『何』なの?」


『あれ? 言ってなかった?』

「一切、全くと言っていい程」


 私がそう言うと『そいつ』は、キョトンとした顔をしていた。ただその反応がワザとなのか、本当なのかどうなのか全く分からない。


『えっ? じゃあ、僕が何かも分からずに話していたの?』

「……悪い?」


『いえっ! 悪くないですっ!』

「……」


 私の雰囲気に圧倒されたのか、そいつは背筋を伸ばしている。


『そうは言っても、うーん』

「何」


『うーん。今、僕の正体言ったところで信じる?』

「信じない」


『ないのかー』

「…………」


 少し話をしてみて分かったけど、こいつのテンションはやたらと高い。


「……とは言っても、聞かないで物事を決めるような事はしたくない」

『ふーん? まぁ、そうだね。いいこころがけだよ』


 確かにあまりテンションが高すぎるのもどうかとは思うが、私は決してハイテンションが悪いとは言わないし、嫌いというわけでもない。


 ――時と場合を考えて欲しいだけで。


「ん? ちょっと待って?」

『何?』


 なぜ、こんなに大声で『こいつ』は喋っているのに看護師はおろか、医者すら来ないだろう。


 ――大体、こういう場合。


 病室内で大声で話していると、冷たい視線、もしくは態度を受けるか怒られるか注意されるか……対応は様々だが、それなりの対応をされるはずだ。


 しかし、これだけ『こいつ』が騒いでいても、その様子が一切ない。


「ねぇ」


 もしかしたら『こいつ』が『普通の人』ではないかも知れない。そう思って話しかけようもした瞬間――――。


「えっと……あの、すみません?」

「はい」


「ひっ、日和ひよりすばるの病室はどちらでしょうか?」

「えぇと、少々お待ちください」


「お手数おかけします」


 突然聞き覚えのある声が廊下から聞こえてきた。


「……」


 そろそろ誰かは来る頃だろうとは思っていた。でも、まさか『あいつ』が来るとは……。


『おっ? ご家族のご到着かな?』

「……違う」


『そうなの?』

「まぁ、うん」


『ふーん』

「……」


 わざわざ聞いたにも関わらず、『そいつ』の反応からみると、どうやらあまり興味がない様だ。


「昴? 大丈夫か?」

「うん」


 そんなこんなしている内に、看護師さんから病室を聞いた『音沢おとさわみどり』が病室に入ってきた。


「……」


 緑が開けた廊下では何やら騒がしい。


「ああ、昴の目が覚めていたみたいだから看護師さんが担当医を呼んでくるそうだ」

「そっ、そっか」


「……驚いた。突然池に落ちたなんて聞かされたから」

「ごっ、ごめん」


「怪我がないのなら……よかった」

「……」


 本当は、夏祭りな行くつもりなんて最初からなかった。


 彼と私が『腐れ縁』なのはこの田舎で育った中学の同級生たちはみんな知っている。昔はそれでよくからかわれる事もあった。


 でも、私たちが通っている高校はそんな同級生たちばかりではない。他の学校から来ている人たちだって当然いる。


 彼は当初「いつもの様に……」と私を誘おうとしていたが、それを見られた場合の事を考えると……面倒な事になりかねない。


 そこで、私は「一緒に行きたい」と言っていたクラスメイトと行くように提案し返したのだ。


 緑も「昴がそう言うなら……」とその提案にのってくれて、緑は私のクラスメイトと一緒に夏祭りに行っていたモノだと、私は勝手に思っていた。


「……」

「……」


 だから、そんな彼がどうしてここにいるのだろうか……。


「あっ、えと……実はあの夏祭りには姉さんたちが怪我人とか手当てするために言っていて」

「なるほど、琴葉さんから聞いたのね」


 私の伯父と結婚し、今は『神薙かんなぎ琴葉ことはさん』になっているが、実はその『琴葉さん』は彼の姉だ。


 そしてあの夏祭りにもどうやら『看護師』として来ていたらしい。それなら話は分かる。


「……」

「何、どうかしたの?」


「いや、なんでもない」

「何、それ」


「いや、気にするな」

「……」


 こういう言い方をされると、逆に気になってしまう。


「……」

「……」


 お互い言いたい事、聞きたい事がある。それが分かっていながら言えないのは……互いにどこか遠慮しているからだろう。


「……なぁ」

「ん……?」


 ただ、なぜかそういうタイミングに限って遮られてしまう。


「えっと」

「失礼いたします」


 そして今回も、この会話が一区切りしたタイミングでちょうど医師と看護師が「お話よろしいでしょうかか?」と入って来た――。


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