第3話「蕃茄(ばんか)」

 すっかり暑くなってしまったから、もっと軽い服が欲しいと言ったら、色とりどりのサマードレスが並んだ店に連れて行かれた。彼はあたしの目につくまま好きなだけ買ってくれた。

 ダイニングもベッドルームも毎日違うって、刺激的。いつも真新しいシーツの上に倒れ込み、眠りに落ちると同時に死んで、目覚める直前に新しいあたしに生まれ変わっている気がする。

 人は蘇るためにまず死ななければならない……と言ったのは、グラディーヴァだったかしら。


 海辺のホテルへ向かう途中、農園に立ち寄って、もぎたてのトマトを齧った。今日の食事はこれで充分。食欲がなくなって痩せたかもしれないし、顔つきだって変わったに違いない。夏だというのに肌はすっかり青白くなってしまったでしょう。何故って、あたしはもう家を出る前とは別の生き物だから。どこかで知り合いに出くわしても、相手には識別不能。


 車に戻ってシートベルトを締めて、トマトのゼリー質が膝の辺りに垂れていたことに気づいた。その染みはインド更紗の上から圧倒的な現実感をあたしに突きつけてきた。野暮で平凡で退屈でくだらない、反吐へどが出るような日常との結節点。

 でも、大した問題じゃない。着替えなら山ほどあるんだもの。

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