新人賞の発表

 その日。朝から金香はそわそわしていた。

 今日はある雑誌の発売日なのだ。もうずっと、待ちわびていた。

 今回は新人賞の発表がある号なのだから。

 先生から内弟子達に「明日の昼食のあと部屋に集まるように」と前日の夕餉の時間言われていた。

 そして外に住まっている弟子たちも、都合の良い者は集まるように声をかけた、とも言っていた。

 つまり朝、先生が雑誌を手に入れて賞について確認して、それから教えてくれようということだ。

 特に先生はなにも言わなかったが、朝、雑誌を買いに行く者はいないだろう。先生の口から、そして皆が居る場所で同時に知るのが公平であるので。

 金香もそれはわかっていたので、朝からそわそわするだけであった。

 早めの昼食を済ませ客間に皆、集合しはじめた。

「こんにちは、金香さん」

 今日は珠子も都合がついたようで集合に参加していた。

 外からの弟子は、珠子と何名か、高等学校に通っている青年たちだ。『都合がついたら』と言われたものの、賞の発表の日に都合など、どうしてもつけたいに決まっている。

「こんにちは、いらっしゃい」

「楽しみね。入っているかしら」

 短くやり取りをして、珠子は茶を淹れるのを手伝ってくれた。

 何度か手伝っているようで、厨の様子もなんとなくは知っているようだ。二人で淹れた茶を全員の前に配って。

 金香は自分の座……勿論、一番下の立場であるので末席である……に座った。

「やあ、集まったね」

 最後に入ってきたのは先生である。手には勿論、例の雑誌がある。

「お世話になっております」

 皆、先生にご挨拶をして、先生も席についてそして単刀直入に雑誌を開いた。

「皆、気になっているだろうからすぐに伝えよう。結論から言うと、なかなか良い結果であったよ」

 それを皮切りに、はじめに「茅原」と内弟子の茅原さんが呼ばれた。

「おめでとう。副賞が三作選ばれていたが、一作に選ばれたよ」

 座がどよめき拍手が起こる。茅原さんは勿論顔を輝かせて手をついた。

 「ありがとうございます!」と先生に深くお辞儀をする。

 茅原さんは一番長く弟子であるひとだ。

 しかしなかなか賞に入らない、難しいね。と金香に話してくれたこともある。

 やはりそうそう上手くはいかないのだ、と金香は思ったのだが、そんな努力の日々が実ったということなのだろう。

「次に、奨励賞に珠子さん。おめでとう」

 もう一本、今度は珠子が呼ばれた。珠子も勿論顔を輝かせて、同じように「ありがとうございます」とお辞儀をした。

 金香は、すごい、と思ってしまう。

 まだまだ男性のほうが多い……この部屋を見れば一目瞭然であるが……文を書く界隈において賞に入るなど。自分のことのように嬉しくなった。

 そのあと先生は「賞に入ったのは二人だね」と言ったので、金香はちょっと肩を落としてしまった。

 やはり無理だったのだ。先生は「期待できる」と言ってくださったが、やはりまだまだ未熟だったということ。

 先月、冬季賞を提出した。そちらのほうがぐんと腕は上がったはずであるし、自分でも気に入る出来にできた。そちらを期待しようと思ったのだが。

「ほかに、入らなかったが選評がついたものが何作かある。芦田と巴さん。おめでとう。このあと皆で読もう」

 ぽかんとしてしまった。

 名前を呼ばれた。

 選評がついた、と言われた。

 賞には入らなくても選評がいただけることもあると聞いてはいたが、そこへ入ったということなのだろう。

 数秒ぼうっとしてしまったがすぐに、はっとした。先程の二人と同じようにお辞儀をする。

「ありがとうございます!」

 あまりに勢いが良くなってしまって恥ずかしくなった。

 けれどやっとそこで胸が熱くなってくる。

 賞は無理だった。

 けれど評価はいただけた。

 それは確かであったのだから。

 そのあと先生は各自に一冊ずつ雑誌を下さった。

 てっきり一冊を皆で回し読みするのだと思ったのだがそれでは効率が悪いからであろう。

 皆に配るために人数分、雑誌を買ってきてくださったのだ。

 雑誌をいただいて金香は胸を高鳴らせながら震える手で頁を繰った。

 賞の頁は三頁も取られていた。

 新人賞なのだ。それなりに大々的に取り上げられている。

 茅原さんと珠子のものも気になったのだが、それよりどうしても自分のものが気になってしまう。

 ざっと目を通して、選評だけなのだから多分最後のほうだろう、と最後の頁を開く。

 確かに載っていた。

 書いたものの題名と、『巴 金香』と名が載っているのが目に入っただけで心臓が飛び出しそうになった。

『人物の感情表現豊か。主人公の人柄に共感できる。地の文が少々柔らかいので、柔くなりすぎぬよう注意すると良い』

 それだけであった。

 たった、三文。

 が、金香にとっては極上の宝物にも見えた。

 このような、世の中で売られている雑誌に自分の名前が載り、自分の書いたものの評価が載っているのだ。

 何度も、何度も読み返した。

 褒められている。

 そして最後には助言もいただけている。

 なんと勿体ないことか。

 頬が紅潮しただろう。

 そしてそれはきっと金香だけではなかったはずだ。

 賞に入った者、選評がついた者。皆、同じであったはず。

 部屋はしばらく静まり返っていた。皆、読むのに夢中になっていたのだ。

 金香も自分のものを何度も読んだあと、前の頁に戻って茅原さんのものと珠子のものを読んだ。

 流石、賞に入っただけあって、三文などよりもっと多く、長く評価が書いてあった。

 賞に入った小説は題名と筆者のほか、話のあらすじも載っていて、それを読んだだけで金香は作品を読んでみたくなってしまった。

 随分長いこと部屋は静まり返っていたはずだ。先生が「さて、ではこのへんで」と言うまで誰も声を発しなかった。

「今日はこれで解散だ。次は各自に私からの評価をしよう。その日程は、おいおい」

 夢見心地で金香は顔をあげて先生を見た。今は師(せんせい)である麓乎も、とても嬉しそうだった。

「来週、もう一度皆で集まることにしよう。そして作を読み合い、評論会をするよ」

 はい、と全員が答え、それで解散となった。



 ざわざわと部屋の中に声が溢れ、真っ先に金香は珠子のところへ向かった。

「おめでとうございます」

 金香の祝いの言葉に、珠子は紅潮した頬で「ありがとう」と言った。

「賞を貰えるなんて、初めてなの。夢のようだわ」

 いつもきりりとしている珠子のここまで高揚した、という様子は初めて見た。

 しかし当たり前だ。なにしろ入賞なのだ。

「早く珠子さんの作品、読んでみたいです」

「ありがとう」

 そして金香にもお祝いの言葉をくれる。

「金香さんもおめでとう。初投稿なのでしょう。それで選評がつくなど快挙よ」

「本当に……勿体ないことです」

「そんなことないわ。ああ、嬉しい。こんなに嬉しいことは無いわ」

 普段ならおしゃべりをするところなのであるが、珠子は「良人(おっと)と、お父様とお母様に早く報告するわ」と、さっさと帰ってしまった。

 それを「本当におめでとうございます」と見送って、金香はちょっと羨ましくなった。

 このあと珠子はご両親に大層褒められることだろう。それは自分には無いものだ。

 でも、と腕に抱えた雑誌を見下ろす。

 なにも無いわけじゃない。

 明日あたり一度家に帰ってお父様に報告しよう、と思う。仕事に出ている可能性も高いので家に居ると良いのだが。

 そして、あとで先生……麓乎にも、きっと褒めてもらえることだろう。

 期待してしまったがそれは叶って然るべきことである。



 そのとおり、その夜、先生は金香を部屋に呼んでくださった。

「おめでとう。賞は残念だったが、選評はやはりついたろう」

「ありがとうございます。先生のおかげです」

 先生はやはり嬉しそうだった。昼間と同じように笑みを浮かべている。

 金香はもう一度手をついてお辞儀をしてお礼を言う。

 この評価は先生にたくさん見ていただいた結果であったので。

 賞は欲しかったに決まっているが、評価をいただけただけでも上出来なのだ。

「今日は落ち着いて見られないだろうから、私からの再評価は明日以降にしよう。落ち着いていられないのは、私もきみもね」

 先生も落ち着いていられない、と聞いてちょっとおかしくなったが当然だ。

 門下生が良い評価を貰えたのだ。師として嬉しいに決まっている。

「弟子は皆かわいいが、金香は違う意味でも大切な存在だから」

 ふっと、目の前の存在は『師』から『恋人』へと変わった。

 以前はこの遷移にわたわたとしてしまったものだが、今は金香のほうもだいぶ慣れている。

 ちょっと恥ずかしくなったものの、今度は恋人として「ありがとうございます」と言う。

「やはりとても嬉しかったよ。平等にしているつもりでも」

「いえ、先生は平等です。とても」

 公私を混同する人ではないのに、そういうところは謙遜される、と金香は思うのだった。

「そうかな。師としてはそうでありたいね」

 そのあとは「今日はゆっくりお休み」と額にくちづけてくださった。これは先生ではなく麓乎として。それを離されたあと目が合って、物足りなげに見えたからだろうか。

 くすりと笑って「本当におめでとう」と、今度はきちんとくちびるに触れてくれたのであった。

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