気持ちはゆっくり変化して
寺子屋での一年が終わった秋のこと。
寺子屋は秋で一区切りがつく年回りになっている。そこで少し長い休暇が入るのだ。
冬のはじめに子供たちの年度はまた動きはじめるのである。
つまり金香にとっても休める日が多くなるということ。
週に二度ほどは通ってすることはあるのだが。
ほかの教師との次の年の打ち合わせ。
教材作りの見直し。
ときにはすべて丸々と作り替える。
そして教室や庭の整備なども。
それでも子供たちが通っているときとは比べ物にならないほど自由になる時間は多いうえに気も張らない。先生役の大人にとっても半分休暇のような時期であった。
そんなわけで金香は文を書くことに更に時間を取れるようになったというわけで。
次の冬季賞への作品作りにも熱が入っていた。
先生にあらすじを見てもらって、何回か直しを入れて貰って。本文の作成に入っていた。
前回より良いものを書きたかった。
なにしろ前回はほぼ素人仕事だったのだ。
あれから先生の指導をたくさん受けた。
添削も受けた。
自分で自主勉強もした。
真面目に取り組んできた自負はある。その成果を発揮したい。
結果を出さなければ先生にも申し訳がないだろう。
そしてもう少しで、初めて出した新人賞の結果も発表になるはずだ。
楽しみなような、怖いような。
良い結果を得たいことは勿論だが、先生の期待に応えられるという意味でも賞は欲しい。
先生は金香と交際するようになっても師としての姿勢はまったく崩さなかった。過度に手を抜くことなどもってのほか、公私の区切りはきっぱりしていた。
そしてプライベートのときだけ、金香の恋人である『麓乎』になる。その使い分けは唐突に変わったりするので、金香は戸惑うこともあるのだった。
それを見て麓乎は笑うのだ。意外なまでに子供っぽい顔で。
その顔、つまり恋人としての『麓乎』も、師としての『先生』も、金香はとても好きだと思う。
恋を意識する前、認識したあと、そして想いが通じたあと。
麓乎に対する気持ちはどんどん変化していっている、と思う。
変化は勿論どんどん深くなっていく。気持ちを許せる度合いも、触れ合って感じる心も。
想いが深くなっていくにつれて、金香はあることを望むようになっていった。
それは、自分から麓乎に触れたい、という気持ちだ。
初めて自覚したときは戸惑った。あれほど恐怖心があったことだ。初めて手が触れただけで涙してしまったほどに。
まさかそれを自分から望むようになるなど思わなかった。
しかしそれはきっと、良い変化なのだろう。
それでもなかなか実行に移せなかった。
やはり恥ずかしい。
とはいえ金香が望んでいたのはそう大胆なことでもなかった。
ひとまず望むこととしては手に触れたい、と思う。
麓乎の手と触れたことは何度もある。けれどこちらから手を伸ばしたことは無い。
なので自分から手を伸ばしてみたいと思う。そこはやはり変わらずかわいらしすぎるのであった。
ちなみに麓乎との関係も『かわいらしすぎる』ものであったといえる。
夜になにか起こるだの、もってのほか。抱きしめる次には、くちづけるところまでしかいっていない。
しかし金香はそういうものだと思っていた。
今はただ交際している関係だ。結縁の約束もしていない。
つまり祝言をあげるまではそのようなことは起こらないだろう。正しい交際であればそうあって、清いお付き合いであって当然。
そう信じて疑わない金香は、つまりそのようなところは古風なのであった。
その関係が一歩進んだのはそんな時期であった。
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