新たな関係はあたたかく

「なかなか良いのではないかな」

 交際するようになってからは初めての添削の日、金香の課題を見た先生はそう言ってくださった。

 金香はちょっと驚く。自分ではあまり自信がなかったもので。

 先生と自分の感性は違うのか、と思ってしまった。

 そのことは金香をちょっと寂しくする。そして金香はこの感情に驚いた。

 そんなことは当たり前ではないか。どうして寂しくなどなるのか。

「……あまり、自信はなかったのですが」

「そうかい? 良い出来だと思うよ。例えばここの表現だけどね……」

 先生の傍で赤鉛筆を入れられていく半紙を覗きこむ。

 いつも通り香の香りがした。金香の胸を高鳴らせる香りだ。

 先生に近付くことや、この香りを感じること。交際前とは違う意味で緊張する。

「今日はこのようなところかな。ところで、そろそろ次の公募に出すものの話を作りはじめてもいいかもしれないね」

 添削のあとはそのような話になった。

 金香は思い出す。

 夏のはじめにそもそものきっかけ、新人賞に作品を提出したことを。

 あれは今、どうなっているのかしら。

 良い評価を貰えていると良いのだけど。

 ちょっと期待が芽生えた。

 そして先生がおっしゃったこと。

 その次のステップだ。

 秋の募集締め切りの賞は夏に出したものより長めの作品が対象だと聞いていた。それであればそろそろ構想くらいは練りはじめないといけないのかもしれない。

「はい。えっと……十一月の末日でしたよね」

 記憶を探って雑誌の公募の頁を思い出す。

「ああ。末日ちょうどに持っていけるとは限らないから、そうだね、二十日くらいには出版社に持っていける状態にしておいたほうがいい」

「わかりました」

「ではまず、構想を聞かせて貰うのは九月の半ばまでにとしよう。あらすじは九月中だ」

「はい」

 そのような打ち合わせ、指導方針を聞かされ、約束し。添削と今後の話はひと段落した。

 「お茶を淹れてきます」と金香は厨へ一度行き、緑茶を淹れる。

 ついでに棚からお菓子を取って、菓子盆に乗せて一緒に持っていく。

 先生は存外、甘いものを好むのだ。今日は饅頭がちょうどあった。

 本当は暑いので冷たいもの、たとえば蜜をかけた氷やところてんなどが食べたいところだけど。

 思いながら先生の部屋へ戻ってきて、お茶を前に出す。

 「有難う」と先生は言ってくださり、金香も元通りの座布団に戻ってお茶をすすった。

 新しく買ってきたこのお茶は京のものらしく、ほろ苦いがそれが味わい深い。

「少し前に出した小説。賞に入るか楽しみだね」

 先生も新しい賞の話をしたことで前回の提出を思い出したのだろう。そんな話をされる。

「はい。……難しいと思いますけど」

「難しいものか。希望は持たなくてはいけないよ」

 ちょっと視線をやって言われて、金香は「すみません」と言うつもりだったがそれを飲み込む。

 ここで謝るのはちょっと違うと思ったので。

「発表が出る頃には冬だね。まだこんなに暑いのに、あと一週間もすれば秋の気配がするようになるだろう」

「そうですね」

 相槌を打って、今度は先に、と金香は打ち返した。

「先生は、どの季節がお好きですか」

「私かい」

 そのような何気ないやり取りのあとで先生が言った。

「飯盛さんや煎田さんに、からかわれなかったかい」

 え、と思ったのは一瞬だった。

 すぐに思い当たる。先生との、麓乎との交際の件だ。

 言い方は遠まわしだったが、師と弟子ではない関係に空気はがらりと変わってしまう。

 このようなことに慣れていない金香はそわそわしてしまって仕方がなかった。

「と、特には」

「そう。女性はそういう話が好きだと思ったけれど」

 そう言った麓乎の本心はよくわからなかった。

 基本的に表情があまり変わらないのだ。

 いつも穏やか。初めてお会いしたとき花のようなひとだと思ったように優しく咲いている。

「お屋敷のひとには、……お話したほうが良いのでしょうか」

 躊躇ったものの言った言葉には、悪戯っぽい視線が返ってきた。

「知っていてほしいかい」

「え、あ、そ、そうでは……なくは……ええと」

 そう言われては困ってしまう。

 言いふらしたいわけではない。先生と交際することになりました、などと恥ずかしいではないか。

 かといって言いたくないわけではない。

 本当は皆に言いたいし、もっと欲を言うなら祝福してほしいとも思うのだけど。

 しかしそれを素直に言うことは出来ずにあたふたと言うしかなかった金香を見て麓乎はくすくすと笑った。

「すまない、ちょっとからかいたくなっただけだ」

 からかった、と言われて脱力してしまう。わずかに、ではあるけれど。

「……先生のそういうところは、お子さんのようです」

 不満げな言葉が出てしまって、直後後悔した。失礼だっただろう。

 が、麓乎は怒るどころかもっと笑ったのだった。

「言うねぇ。まぁ自覚はあるけども」

 一通り笑ったあとに、やっと落ち着いて話してくれた。

「ひとまず、志樹には話したよ」

 言われたことに心臓が跳ねた。

 この屋敷で麓乎と一番近い志樹には真っ先に言われると思ったものの、麓乎からそう言われてしまえば平静ではいられない。

 言われたこと自体と、その事実に。これから一体どんな顔をして会えばいいのだろう。

 いや、はばかることはないのだけど。

 しかし気まずいとは思ってしまう。

 だがそんなことは些細なことだった。

 次に言われたことに比べれば。

「『やっとかい。麓乎は行動が遅すぎる』と言われてしまったけどね」

 やっと?

 行動が?

 遅すぎる?

 引っかかる点が多すぎて、金香はきょとんとしてしまう。

 それらの単語が示していることはつまり、はじまりから到達まで時間がかかったということで。

 つまり、つまりだ。先生はかなり前から私を。

 そこまで知ってしまって、頭が沸騰した。顔も赤くなったはずで、それを見て、だろう。麓乎はまた笑った。

「もうひとつ言おうか。『麓乎はわかりやすすぎるのに』との、志樹からのおことばだ」

 もうどうしたら良いのかわからなかった。

 わかりやすすぎる?

 それはどのあたりがだろう。少なくとも金香はちっとも気付きやしなかった。

 そもそも自分の恋心に気付くのだって、相当時間がかかったのだ。相手の、麓乎の内面を気にする余裕などなく。

 最早なにも言えない金香に、ふと麓乎が膝を詰めてきたけれど、当たり前のように逃げる余裕などもなかった。

 香の香りがふっと近付いて、とくりと心臓が反応した。

 手を伸ばされて、頬に触れられる。

 想いを告げられたときのような恐怖感にではなく、緊張に金香は固まってしまった。

 麓乎の手は大きくてあたたかい。少し汗ばんでいるような気もした。

 それはそうだろう、夏の盛り。日中は随分暑い。

 けれど、それだけではないのだろうか。

 ただ体を強張らせているしかなくなっている金香に麓乎はもうひとつ近付いて、金香をびくりとさせるようなことを言った。

「叱られたから、次の行動は早くしようかな」

 次のとは。

 『それ』は、金香が疑問を覚える前に起こった。

 香の香りが強くなる。金香の眼前がやさしい焦げ茶色で埋め尽くされた。

 すぐにまつげがその焦げ茶を覆ってしまったけれど。

 一瞬だった。

 くちびるにやわらかな感触が触れたのは。

 触れた、どころではない。かすめるかのような微かなものだった。

 すぐにそれは離れてしまい、気付いたときにはすぐ近くで麓乎が金香を見つめていた。

 金香は馬鹿のようにその眼を見つめ返してしまう。なにが起こったのかわからなかった。

 それでも、ぽたりと水滴が落ちて波紋を広げるように、『それ』は、じわじわと金香の胸に染み入っていく。

 理解した途端に胸の中でなにかが弾けた。それは初めて麓乎の腕に抱かれたときと同じたぐいのものだったのだと思う。

 熱い。

 はじめに感じたのはそれだった。

 体全体が熱くなって、焼けてしまいそうだ。

 金香は思わずくちもとを覆ってしまう。

 麓乎のくちびるで触れられた、そこを。

「金香」

 麓乎が呼んだのは金香の名前だけだった。

 が、どうしてか金香には麓乎が言いたいことがわかってしまう。

 しかしそれに応えるのは難しい。視線だけ上げて、そろそろと麓乎を見た。やさしい眼で見つめられる。

 数秒前に至近距離でその焦げ茶を覗き込んでしまったことを自覚してまた頭をくらくらとさせてしまったが、そのような余裕はなかった。

 麓乎の手が金香の手首を掴む。

 掴む、というものの、それは拘束などというには程遠い、やわい力であったが。

 それでも金香は麓乎の思い通りになるしかない。

 手はやすやすと除けられて、もう一度触れられる。

 今度のものは、秒単位ではあったがもう少し長かった。

 初めて経験するくちづけに、目を閉じるなど思いつきもしなかったし、なんなら数日するまで金香はそのことに思い至ることは無かった。



「まぁ。おめでとう」

 金香の前で珠子はぱっと顔を輝かせた。

 九月のすっかり暑さも引いた頃である。まだ暑い日はあるのだが、真夏とは比べ物にならない。

 先日添削を受けにやってきた珠子と「今度またお茶を飲みに行きましょう」と約束していて寺子屋の仕事も屋敷の用事もない日に例の喫茶店を訪れた。

 その日、金香は思い切って珠子に「源清先生と交際することになりました」と告白した。下を向いてはしまったが。

 目の前には珠子の勧めてくれた紅茶があった。

 牛乳の入って飲みやすい、みるく紅茶。砂糖が入っているようで、ほのかに甘い。

「金香さんが幸せになって嬉しいわ」

 珠子とは名前で呼び合う仲になっていた。

 姉弟子ではあるものの、歳が近いためか友達同士のような関係である。

 女友達が、それも同じ文を書く存在ができたことを嬉しく思う。

 そしてこのような話もできるくらいに親しくなれたことも嬉しい。昔からの女友達には、もう話していたが。

「お付き合いをはじめてまだあまり経っていないのでしょう。とても愉しい時期ね」

「はい」

 珠子は結縁して数年経つので、お相手とはときには喧嘩もするのだと聞いている。

 いつか麓乎と喧嘩などするのか、とは今のところ想像できない。

 麓乎は常に穏やかで、まずい文を提出したときも叱りつけることなど絶対にしないひとであるので。

 でも、恋人関係になったら違うのかしら。

 金香は思ったが、今のところそれはわからない領域である。

 みるく紅茶をひとくち飲んで珠子は言った。

「でもお付き合いされるのに、随分かかったのね」

「おかしいですか?」

 金香はきょとんとしてしまう。

 金香のその反応と言葉にはむしろ珠子のほうが驚いたようだ。手にしていたティーカップをそっとソーサーに戻す。

「え、だって、内弟子でしょう」

「そうですけど」

 金香にはその意味はわからなかった。

 が、珠子が言ったことに仰天してしまう。

「先生に好意があったから、内弟子に入ったと思いましたわ」

 そんなわけはない。

 確かにうっすら好意は抱いていたが、当時の金香にはそれはただの『憧れ』であったのだ。

 無意識の領域で惹かれていたということはあるかもしれないが。

「え、そんな、そんな図々しくは」

 あわあわと言い繕った金香であったが、珠子にばっさりと切り捨てられる。

「図々しいものですか。女性が男性のもとへ、住み込みの弟子入りをするということはそういうことでしょう? 先生だって、そのつもりでお誘いしたでしょうに」

「え、……」

 そういうもの?

 確かに麓乎は志樹に『行動が遅すぎる』と言われたと。

 金香はそれを単純に受け取ってしまったが、『遅すぎる』がすでにそこであったとは思いもしなかったのだ。

「つまり、そんなことは思いもせずに弟子入りした、と……」

 珠子の声は、呆れた、という響きを帯びていたし、事実、そのとおりのことを言った。

「呆れたわ……金香さんが恋に疎いことはわかっていたけれど、まさかそこまでとは」

 やれやれ、という具合で言った珠子は完全に『姉』の顔であった。

 金香はなにも言い返せやしない。言い返せる言葉などありはしなかった。

「私が内弟子に入らなかったのも、そこよ。おうちのこともあるけれど。先生もそういうお気持ちはなかったでしょうし、元々から『内弟子に取ることもできるけれど、おうちが忙しいだろう』と、……多分、乗り気ではいらっしゃらなかったと思いますわ」

 次々に言われて頬が熱くなっていった。

 自分は特別であったのだ。

 少なくとも自分で思っていたよりも麓乎にとって特別であったのだ。胸も熱くなって焼けてしまいそうだ。

「でも、まぁ」

 呆れた、という理由を次々にあげられて金香はなにも反論できなかったわけだが。

 一通り言ったあと珠子は言ってくれた。

「きっとそういうところがかわいらしいのでしょうね」

 その言葉には違う意味で、ぽっと顔が熱くなった。

「……ありがとうございます」

 嬉しさからお礼を言った金香にまた珠子はひとつ笑う。

「でも、これからはそのつもりでいたほうがいいわ。先生も落ち込んでしまうわよ?」

「そ、そうします」

 それはそうだろう。

 まるで考えていなかったなど。

 麓乎にとってはがっくりすることに決まっている。

 そして、ふと思いついた。『まるで気付かなかった』ゆえに抱いた気持ちに。

「あの、……珠子さんに謝らなければいけないことがあります」

「あら。なにも思い当たらないけれど」

 珠子はきょとんとした。そんな顔をされては言いづらいけれど。

「その、……珠子さんが、先生と好い仲なのではないかと思っておりました」

 思い切って言った金香を数秒見つめて、珠子は『思い当たった』という顔をした。

「ごめんなさい」

 謝った金香に珠子は笑みを戻す。

「いいえ、その連想は当たり前よ。でも初めてお逢いしたときに訊かれると思ったの」

「それは……お訊きしたかったですけど。勇気が出なかったというか」

 金香の返答には、今度はころころと笑われた。

「やっぱり金香さんはかわいらしいわ」

 まるで鈴の鳴るような笑い方にほっとする。同時にやはり恥ずかしい。

 自分は自覚していたよりずっと初心(うぶ)だったのだ。

 先生に子供のように扱われても仕方がないくらいに。

 姉弟子とのお茶会は、みるく紅茶のように甘くやさしく、あたたかい時間だった。



「おや、そうだったのかい」

 珠子に『内弟子に取る意味』を教えられた、ということを麓乎に話したところ、麓乎には目を細められた。

 勿論、言うつもりはなかった。

 言うつもりはなかったのだが、言わされた、というか。

 ある夜、麓乎の部屋で話をしているうちに「先日は愉しかったかい」という話になり、「珠子さんとどんな話をしたのかな」と質問された流れで、話がそちらへ行ってしまったのだ。それを言い繕えないくらいには、金香は不器用だったといえる。

 珠子に話をすることを相談したのは少し前のことだった。

 誰かにそろそろ言おうか、と思うようになったときに金香は訊いた。

 勿論『交際を公にしても良いのでしょうか』ということである。

 「例えば、珠子さんにとか」という質問に麓乎は当たり前のように頷いた。

「もう随分親しくなったものね。存分に話すといいよ」

「ぞ、存分に」

 なにを話せと。

 顔を赤くした金香の頭をそのとき麓乎は撫でてくれて、言われた言葉に金香はまた顔を熱くするしかなかったのである。

「むしろ、ひとに話したいと思うくらいに私を想ってくれることを嬉しく思うしね」

 そのときのことを思い出してしまった。

「がっかりしたかい。そんな下心で内弟子に誘ったことを」

 お茶をひとくち飲んで麓乎は気軽な口調で言ってきた。勿論気軽であろうわけはないが。

「そんなわけはありません! むしろ」

 その気持ちはわかったのですぐに金香はそれを否定した。

 そして少し躊躇った。これを言って良いものか。

 でも、『むしろ』に続く言葉はこれしかないのである。

「私などを気にしてくださったことが、嬉しいです」

 しかし金香の言葉には麓乎は目を細めたのだった。

 それは『愛しさ』であるときもあるのだったが今のものは違う。嫌なことを想像しているだとかそういうときの眼だ。

「きみは少し自己評価が低いところがあるね」

 手にしていた湯呑みを置いて麓乎は金香をまっすぐに見つめて言った。

 金香は詰まってしまう。

 そのとおり、だ。

 そして今だけでない。そのように言われてしまうようなこと、今までに何回も言ってしまったことがある。

 それを思い出して胸に包丁を突きさされたような気持ちであった。

 自分を卑下するようなことばかり言って、麓乎を不快にしてしまっただろうか?

 謝ろうかと思った。

 けれどそれも卑屈すぎるのだろうか?

 思ってしまって返事ができずにいた金香に掛けられた次の言葉は、意外にも優しいものだった。

「自分が愛されるべき存在だと、もっと自覚して良いのだよ」

 麓乎の眼も優しいものになっている。

 愛される。

 言われると非常にくすぐったい言葉だ。

「それは私にだけでなく、周りのひとたちにも同じだ」

 周りのひとたちと思い浮かべて金香は、はたとした。

 『自己評価が低い』と言われてしまった原因に思い至ったのだ。

「あまりご家族に恵まれなかったのだよね。そのせいかもしれないけども」

 麓乎が言ったのもそのとおりのことだった。

 母は早くに亡くなった。

 育ててくれた祖母も、亡くなって随分経つ。

 親戚ともあまり親しくない。

 おまけに同居していた父親ですら、家を空けている日のほうが多いくらいで。

 そのさみしさからだろうか。

 自分を肯定してくれる存在が居なかったからだろうか。

 それはなんだかとても悲しいことのような気がして、そんな気持ちが膨れてきて、思わず下を向くと、ぽたっと雫が落ちた。

 金香は自分で驚いてしまう。涙が出る自覚は無かったもので。

 金香だけでなく、麓乎も驚いたようだ。

「すまない、言い方がきつかったかな」

 このひとはどこまでも優しいのだ。

 そんなこと、欠片も無いというのに。

 むしろ言い方としてはやわらかすぎるくらいであっただろうに。

「そんなことはないです。でも、何故か」

 金香の次の言葉は続かなかった。

 数秒沈黙が落ち、次に起こったのは言葉ではなかった。ふっと空気が動く。

 このようなことは勿論初めてではない、というかもう何回か起こっているのでわかってはいたのだが、金香はとっさに身を硬くしてしまった。

 まだ慣れないのだ。腕を伸ばした麓乎に抱き取られること。

 それでももう恐怖心は覚えない。安堵できるまでにはなっていないのだが。

 心臓は煩く騒ぐし呼吸は浅くなってしまうのだが、拒むつもりは毛頭ないし嬉しいことだと思える。

 香の良い香りにか、深く触れている麓乎のあたたかさにか、また涙がぽろっと零れてしまった。

 それともこのように触れられて『愛して貰えている』と感じられたことにかもしれない。

 過去の家族のことはともかく、今はとても幸せだ。

 いや、家族のこととはまた別なのだと思う。

 けれどそれは確かに『愛』なのであり、『幸せ』だ。

 そのような存在ができたのはきっと幸運なのだと思う。

 恵まれなかったのは、もう過去のこと。

 有り余るほどに恵まれている。

 だからそのことにもっと自信を持たなければいけない。

 あたたかな麓乎の胸に抱かれながら、金香はそっと目を閉じた。

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