玲編 出し惜しみ

「ブキッ!?」


弾かれるようにして動いた素戔嗚すさのおに、巨大猪竜シシの方も声を上げて反応、頭を下げて突進した。頑丈な鱗が重なって分厚く硬くなった頭は、猪竜シシにとっては強力な武器の一つだ。しかも今回の猪竜シシの頭突きは、マンティアンのそれを上回る可能性が高い。体重が倍以上違うからな。そして猪竜シシは、マンティアンはおろかレオンにも届かないとはいえ、決して鈍重な獣ではない。この体重に速度が加われば、下手をすると自動車すら一撃で破壊する可能性さえあるだろう。


なのに素戔嗚すさのおは、やはり怯む様子を見せなかった。一見しただけなら無謀としか思えないそれも、素戔嗚すさのおには素戔嗚すさのおなりの勝算があってのことなのかもしれない。


実際、衝突すると見えた瞬間、素戔嗚すさのおの体が一瞬消えた。消えたように見えた。だが実際には体を沈み込ませつつ横にずらして、回転。その回転の勢いと自身の全体重を乗せた、<突き出すタイプの蹴り>を猪竜シシの首に食らわせたんだ。


「ギピッ!?」


自分に向かって無謀にも突っ込んできたちびっこいのが突然消えたと思ったら首に衝撃を受け、猪竜シシは明らかに驚いた様子だった。


バランスを崩し走っていた軌道がブレる。約五倍もの体重を持っていそうな相手をぐらつかせる素戔嗚すさのおの蹴りの威力に、正直、戦慄した。俺がもろにそれを食らったら、下手したら一発で死ぬぞ。ふくと初めて出逢った時に自分がこの世界でどの程度のことができるのか試そうとして対峙したりもしたが、それがいかに無謀な行いであったのか、三十数年の時間を経て改めて思い知らされる。出逢ったのが素戔嗚すさのおのような個体だったら、その時点で終わってたな。


まあ、もしそうならそもそもエレクシアが絶対に止めたけどな。


『死ぬつもりですか? マスター。あなたは本当にバカですね』


とか、最大限に辛辣なセリフと共にな。推定されるふくの能力とあの時点の俺の装備とを勘案して、一撃で殺されたりはしないと判断してくれたからこそのものだったわけで。


加えて、素戔嗚すさのおはたぶん、初手で自身の最も高威力な攻撃を手加減なく繰り出したんだろう。出し惜しみはしない。


<いい勝負を演出するための手加減>


なんて発想は彼にはない。<敵>が相手なら初撃で確実に殺しに来る。彼にはそういう発想がしっかりとある。家族や仲間にはそれを向けないだけだ。


ただし、さすがにこの体重差だと、一撃では決まりきらないか。何しろ猪竜シシの皮下脂肪は分厚い。捕食者プレデターの強力な攻撃でもすぐには死なない程度には。


一瞬で殺すには、それこそ、龍準りゅうじゅんともやり合った<昆虫型の獣>のように首の骨を一発で粉砕するくらいしか手はないだろう。


普通の動物であれば。


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