玲編 可能性

新暦〇〇三五年八月八日




かくが逝った。


マンティアンとしては例外的なくらいに静かに、穏やかに。


その事実をエレクシアから伝えられためいは、特に変わった様子も見せなかった。


野生で生きる者は、地球人のように悲嘆に暮れていられる余裕はないからな。そんなことをしてる間に命を落とすような世界だ。だから分かりやすく悲しんだりすることの方が稀だ。かいほんとの別れを悲しめたのは、安全な場所にいられたからだしな。


たくが亡くなった時に悲しんだりはしなかったそうの在り方の方が自然なんだ。


そう自分に言い聞かせつつ、めいを見守る。彼女もかくと同じく衰えてきている。正直、他のマンティアンなどに遭遇せずに済んでるのは、俺達の集落に隣接した縄張りだからというのが大きいだろう。なんだかんだとドーベルマンDK-aらがパトロールに出たりしてたし、それを警戒して近付かない動物も多い。


しかしだからこそ、かくと同じく突然命を終えたりすることが有り得る。生物として桁違いに強いマンティアンだからこそ、自分が衰えたまま生きるというのはむしろ有り得ないことだろうし。


それが分かってしまうからな……


加えて、めいかくととても仲が良かった。そのパートナーを失ったということがどう影響するかというのもある。


地球人には、夫に先立たれた妻がかえって元気になったりすることがあるとも聞くが、そういう事例はたいてい、夫の存在が負担になっていた妻の場合だとも言うしな。本当に仲が良かった場合はどうだろう。


とは言え、影響があろうとなかろうと、めいは俺の娘だ。我が子のことが気になるというのも、別に珍しいことじゃあるまい? 実子じゃなくてもきたるのことだって気になったし。


「エレクシア、何か異変があったら、俺が寝てても叩き起こしてくれ」


「心得ています」


改めてそんなやり取りをする。そうだ。ロボットは人間のように言われたことを忘れたりしない。以前からすでにそう頼んであるから、容赦なく叩き起こしてくれるだろう。


じんの時もそうだったから、やっぱりめいを一番に見送ることになる可能性が高いな……


地球人社会では、子供が親より先に逝くのは<親不孝>とされているが、俺の場合はむしろ、俺の勝手で送り出した子供達を見送れない方が納得いかないと感じてる。


感じてるんだが、もちろん、嬉しいことでもないな……


めい……お前は幸せか……?」


ドローンの映像越しに問い掛けるが、当然ながら返事はない。たとえ面と向かって問い掛けても応えちゃくれないだろう。それも分かってる。


分かってるんだが、人間ってのは本当に面倒臭い生き物だよ……


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