玲編 角

新暦〇〇三五年八月七日




なんてことはさて置いて、かくのことだ。以前のような<怖さ>が明らかに感じられない。狩りについても、大型の獲物は狙わなくなってきてる。小鳥や小動物がメインだ。


食欲そのものはあるみたいだから健康なんだとは思うものの、実際、エレクシアにバイタルサインを解析してもらっても弱ってきてるのは確かでありつつはっきりと<病気>と言えるようなものがないのも事実であるものの、やっぱり、衰えそのものは隠しきれない。


だがその『健康であること』『病気とは言い切れないこと』自体が、野生を生きる者としては必要なものだったのかもしれない。弱みを見せないようにするためにはな。


それを証明するかのように、かくは、いつも通りに狩りをするために気配を消した状態で木にもたれかかったまま、息を引き取っていた。エレクシアが、


かくが心停止しました。死亡です」


と告げてようやく、それと分かった。


ヒト蜘蛛アラクネと同じく力が衰えてくれば同族に倒され食われ縄張りを奪われるのが当然という種だから、こうやって静かに最後を迎えられることはむしろ珍しい。


メイフェアやイレーネに挑みかかって返り討ちにあったり、せいが他のマンティアンと戦いになった時に、ただ見守っていただけだったと思ったら、せいがいよいよ危ないとなったら加勢したりという姿が思い返される。


こんな風に<最後の見せ場>もなくあっさりと退場することに文句を付ける者もいるだろうが、そんなものは知ったことじゃない。マンティアンとしては希少な、ずっとめいと添い遂げてくれた者であったことについても、めいの父親としては感謝してる。いい<娘婿>だったと素直に思えるよ。


最後をめいの傍で迎えなかったとはいえ、まあ、マンティアンだしな。むしろそれが普通だということでとやかく言わないさ。


「お疲れ様、かく……」


そしてかくの遺体については、エレクシアに回収してもらった上で、めいかくの巣がある場所の近くに埋葬してもらった。


そこにちょうどめいが帰ってきて、


めいかくが亡くなりました」


エレクシアがそう告げた。


「キリ…キキキ、キリリ」


<マンティアンの言葉>でも。


「……」


めいは、何も応えず、ただ黙ってエレクシアを見詰めた後、ふい、と視線を逸らして巣の中に入っていった。


地球人の目には薄情にも映るその態度も、マンティアンとしては別に特別なものじゃない。むしろずっと同じ相手と添い遂げることの方が例外的なんだから、めいにとってはそれだけの価値があるパートナーだったのは間違いないんだ。


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