玲編 挨拶

新暦〇〇三五年八月三日




れいは、えい以外の家族と言うか仲間と言うかとは、ほとんど関わることがない。えいと一緒にいる時以外の彼女は常に気配を隠してることもあって孤高であり、そして美しかった。


今もたまたま、集落と密林の境界に生えていた木にトカゲに似た小動物がたかっていて、それを瞬間的に捕らえ、頭からバリバリと貪っていった。そして血塗れになると森殺しフォレストバスターの蔓を嚙み切り水を溢れさせてシャワーにして、体を洗う。


なるほど、この生活スタイルなら服を着てるのはかえって邪魔だろう。


こうして、見た目だけは地球人そのままだが、その振る舞いはマンティアンそのものという生き方を、れいは続けてきた。


しかし、れいの知能自体は決して低くないと思われる。こちらの言葉についても大半は理解しているらしく、


れい、今日はビアンカが帰ってくるんだ。それだけ心掛けてほしい」


ビアンカが<里帰り>してきた日にあらかじめそう告げておくと、彼女はえいの部屋からほとんど出てこなかった。少し姿を見せた時に、ビアンカが、


れい、ただいま」


声を掛けたものの、れいの方は返事をすることもなくしばらくビアンカの動きを警戒するように見つめた後、不意に姿を消していた。


そんなこんなで、愛想の欠片もないれいではあるが、これがれいなのでとやかくは言わない。


一方的にこちらに合わさせようというのは傲慢というものだ。彼女は好き勝手にはしてるのは事実でも、こちらに対しても別に自分と同じように振る舞うことを強要してくるわけでもない。だからそれでいいんだよ。


こちらに合わせてくれない程度のことは。


そんな覚悟もなく同じ集落内で暮らしてるわけじゃない。


<社会>とは、本来、そういうもののはずだ。様々な感性や価値観を持つ者達の集まりであり、決して統一されたものじゃない。


『郷に入っては郷に従え』


という言葉もあるとはいえ、俺もなるべくそれを心掛けてもいるとはいえ、だからといって何もかもここに合わせているわけじゃないからな。完全に『郷に入っては郷に従え』を実行するなら、俺は一切の道具を捨ててエレクシアも捨てて裸で野生として生きなきゃならなかった。だが俺は、現にそれをしていない。


その地のルールや慣習になるべく合わせることは大事でも、<譲れない部分>というものもあるのは事実なんだ。


そういう個々人の<譲れないもの>を持ちつつ他者と折り合って生きていくように作られるのが<社会>というものなんだよ。


決して一部の者にだけ都合のいい仕組みを言うんじゃないんだ。


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