閑話休題 「夷嶽とドーベルマンMPM その1」

新暦〇〇三四年一月二十六日




さて、牙斬がざんのことも今後の課題ではあるが、その一方で、夷嶽いがくについても気にしないわけにはいかない。


ドーベルマンMPMらによる誘導が成功し、夷嶽いがくは順調にビクキアテグ村から遠ざかっていた。現在、その距離、約三百キロ。


あの巨体を維持するのに必要な獲物が確保できる程度にはこの台地の上は豊かであったことも、夷嶽いがくにとっては幸いだっただろう。もっとも、夷嶽いがくのような大型の肉食獣が他にもたくさんいた場合には、たちまち餌が不足するのは目に見えてるけどな。


夷嶽いがくの基になったであろう鵺竜こうりゅうが闊歩する麓は、実は生物の密度もここより圧倒的に高いことが判明している。酸素濃度も気温も湿度も比べ物にならないくらいに高い。まさに恐竜が支配していた頃の地球そのものだろう。


対して、この台地の上では、夷嶽いがくは、俺達以外には自身を脅かすような天敵もいない代わりに、仲間もいない。実に孤独な存在だ。


まあそれについては、みずちがくも同じだったけどな。がくが今でも生きていれば、少なくとも<仲間>にはなれたかもしれないが。


今後も、同じように夷嶽いがくに近い存在が生まれる可能性はゼロではないものの、限りなく低いことも事実だろう。


そのことを思うと、憐れな気もする。


が、俺達にとっては非常に危険な存在であることも事実だから、下手な同情で馴れ合うこともできないけどな。


なお、現在、夷嶽いがくの誘導を行っているのは、三機のドーベルマンMPM、<十七号機><二十三号機><二十五号機>である。アリスシリーズやドライツェンシリーズのように自律行動のためのAIは搭載せず、あくまでコーネリアス号のAIによって制御されるドーベルマンMPMは、基幹ドローンと母艦ドローンを中継して制御と給電を行っている。


なので、あまり離れると制御に若干のタイムラグが生じるのが欠点ではある。


実は、牙斬がざんを移送した時にも、最終的には〇.二秒近いラグが発生していて、もし、牙斬がざんが暴れるようなことがあれば成す術なく蹂躙されるだけだっただろうことは推測されている。


夷嶽いがくを誘導している<十七号機><二十三号機><二十五号機>については、ラグも〇.〇五秒以内で収まっているものの、咄嗟の事態には対処しきれない可能性も否定はできない。できないが、まあ、今のところ、問題はないようだ。


ちなみに、現在、夷嶽いがくは就寝中である。地面に伏せて体を休ませているところだ。


だから<十七号機><二十三号機><二十五号機>も、夷嶽いがくの姿を監視できる距離を保ちつつ、ワイバーン一型が投下した補給物資を用いてお互いのメンテナンスを行っていた。なお、もしこの場での修理ができないような故障や破損が生じた場合には、他のドーベルマンMPMを派遣し交代させることになっている。


牙斬がざんとの戦いで破壊されたドーベルマンMPMらも、おおむね修理が終わっているしな。


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