モニカとハートマン編 賭け

牙斬がざんは、本当に難敵だった。エレクシアの左前腕を破壊するという、それまでは『有り得ない』ことをやってみせたわけだからな。


だが、ここまで、ハートマンが、グレイが、テレジアが、ドーベルマンMPMが、ビアンカが、久利生くりうがやってきたことは、無駄じゃなかった。それらすべてが合わさったことで、その結果を掴み取れたというのは間違いないと、俺は思う。


だから、結末そのものは実に呆気ないものだっただろう。それまでの努力が結実する瞬間というものは、案外、そんなものなのかもしれない。


ここまで、ハートマンを、グレイを、テレジアを、ドーベルマンMPMを、ビアンカを相手にしてきたことにより、さしもの牙斬がざんにも疲れが出たというのは間違いないと思う。そしてその瞬間を、エレクシアは見逃さなかった。


彼女の右の掌打を受け流した牙斬がざんの動きが、彼女の読みに完全に適合した。ここまで蓄えてきたデータが、遂にそれを成した。


みなの努力が、ようやく、牙斬がざんに届いたんだ。


「ギャヒイッッ!!?」


なんとも言えない悲鳴が、その場に響く。普通のフィクションならもっと<カッコイイ決着>を望みたいところだろうが、牙斬がざん相手にそんな贅沢は言っていられなかった。


エレクシアの掌打を受け流すことに牙斬がざんの意識が向いたほんの僅かな一瞬に、ハートマンが、食らわしたんだ。あいつの、<肛門>に。左手に仕込まれた麻酔用の注射器(と言っても、針を使わない、圧入式のやつだが)をぶち込んで、直腸内にたっぷりと麻酔液をぶちまけてやったんだ。


口からのそれは完全に警戒されてたからそれこそ意識でも失わせなければ無理だっただろうが、徹底的に真っ向勝負を仕掛けて牙斬がざんの意識が肛門から逸れて、かつ、生物であるがゆえに疲労によって<結界>で気配を捉えながらもほんの僅かに反応が遅れた絶好のタイミングで、な。


これ以上疲労すれば、また、この場を離脱して出直しただろう。もっとも、その時はその時で、徹底的にエレクシアに追わせて、疲弊して昏倒するのを待つという手も考えていたけどな。そちらまでは使わずに済んだということだ。


とは言え、麻酔で眠らせるのも、<賭け>ではあった。戦闘によってハートマンやグレイのボディに付着した体組織をドーベルマンMPMでコーネリアス号に届けて分析器に掛け、かつ、ここまでに得られたデータを用いてシミュレーションしたことで有効な量を算出したものの、それが本当に効果を発揮するかどうかは実際にやってみないと分からなかった。


効かないこともそうだが、逆に効きすぎて牙斬がざんを死なせる可能性だって十分にあったわけで。


しかし、幸いにも、その<賭け>にはようやく勝利できたようだ。


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