來編 獣の都合

久利生くりうは今のビアンカならイケると言ってくれてる。


後はビアンカ自身の問題だ。


とは言っても、人間の気持ちや感情というのはそう簡単なものじゃない。


<透明な体>については久利生くりうも条件は同じだが、やはり今の自分がアラニーズであるということは、他でもないビアンカ自身にとって高いハードルになってる。


『身も心も結ばれる』ということを諦められれば、『心で結ばれてる』で納得できれば、たぶん、大丈夫だろう。


が、理性ではそう思えても、感情が納得してくれないんだろうな。


きたるが積極的に久利生くりうにアプローチを仕掛けるのを見て、ビアンカは泣きそうな表情になってた。


「ビアンカ……」


あかり久利生くりうは彼女を気遣ってくれるが、きたるにはそもそもそういうメンタリティがない。


『ヤれる時にヤる! 機会は逃さない! 機会を逃せば次はないかもしれない!』


それがきたる達にとっての<常識>だ。俺達とは違う。どっちが正しい正しくないじゃなくて、生態としてそういうものなんだ。それを理解してないと、彼女達のことは愛せない。


そして、ビアンカも、何度も言うが、頭では、理性では、そういうものだと分かってる。分かってるから四人で一緒に暮らすことも受け入れられた。


だけど、まだ、越えられないハードルがあった。


「……っ!」


ベロリと長い舌で久利生くりうの頬を舐め上げつつ彼の体をまさぐるきたるの姿に、ビアンカの方が耐えられなくなった。


「ビアンカっ!?」


声を上げるあかりの前で突然立ち上がって、<家>から出て行ってしまう。


あかり……!」


久利生くりうが目配せすると、


「分かってる…! ここは任せて! 久利生くりうきたるを頼む!」


あかりはそう応えてビアンカを追った。


「……」


きたるはその様子を冷めた目で見てる。


人間はこういう時、ビアンカの気持ちを考えないきたるや、あかりに任せて自分では彼女を追わなかった久利生くりうに憤ったりするだろう。


だが、これまでにも何度もしつこく言ってきたことだが、それは所詮、人間の間でだけ通用する考え方でしかない。ここで生きる上では、少なくとも今はそれは通じない。


<人間の社会>が築かれ、人間だけで生きていけるならなるほどそうなっていくかもしれないものの、少なくとも今はそれは通じないんだ。


そして、きたるの気持ちだっていい加減なものじゃない。クロコディアにとっても異性へのアプローチは、マンティアンのそれほどじゃないにせよ命さえ賭けてのものだからな。実際、迫られた方がキレて喧嘩になって命を落としたという事例もある。そこまでじゃなくても、喧嘩になるのも実は普通だ。きたる自身、気に入らない雄に迫られてぶちのめしたことは一度や二度じゃない。


『どうせ<獣>じゃねーか! 獣の都合に人間が合わせる必要とかねーだろ!!』


と言うのもいるだろうが、残念ながらそういうのは、たぶん、ここでは生きていけない。宇宙船にでも閉じこもって完全に一人で生きるならそれもアリかもしれないが。


俺達は、ここできたる達とも一緒に暮らすと決めたんだ。こっちの都合だけを一方的には押し付けられない。


それが納得できないなら、しなくていい。


だが、俺達の決断は覆せない。


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