來編 備え

法解釈の問題は余談ではあるものの、現状、ビアンカについては医療の面で不利な部分があるのは否めない。


それを何とか補うために、アリスシリーズには外科手術も行えるだけの繊細さも持たせている。


加えて、久利生くりう自身が、


「医師免許も持っているよ。内科・外科共に、数年間、医師として勤務経験もある」


とのことだった。


いずれ軍に入るのは既定路線だったものの、それに備えた経験を積むという建前で、医療関係の勉強もしたそうだ。


「前線で負傷した仲間を救える人間でありたい。という形で親族を説得したんだ」


この辺りは、久利生くりうやビアンカのオリジナルが生きていた頃にもすでに健康寿命が百五十年を大きく超えた頃だったそうだから、数年間、別の職業に就いて経験を積むというのも割と普通に行われていたことだったし、実現しやすかったんだろう。


ただ、久利生くりう本人は、


「そのまま、医師として務めたかったというのは本音としてある」


本当の本心としては、<保育士>になりたかったというのもあるそうだが、第二希望として医師の道も選択肢にはあったそうだ。しかし、親族がそれを認めてくれなくて、結果として軍に入ることになったとか。


あの頃でもそういうのはあったんだなあ……


俺が人間社会にいた頃でもたまに聞く話ではあったけどな。


で、それはさておき、<人間・久利生遥偉くりうとおい>としては医師免許も持ってたのは事実でも、さすがに二千二百年も経っていればそれも当然、失効しているし、何より今の久利生くりうは人間じゃないので、医師免許は有効じゃない。


が、医師としての知識や経験は非常に有用だ。


だから、ヒト蜘蛛アラクネの肉体構造をシミュレーション上で再現し、コーネリアス号に残されていたVRセットで『手術の経験を積む』ということも始めてもらってる。


アリスシリーズがあれば久利生くりうの手は必要なくても、やっぱり、備えというものは二重三重に行っておくべきだと思うからな。


今日も食事の後で一時間ほどトレーニングをする予定だ。


しかも、あかりとビアンカも、助手役で参加する。


「アリスも久利生くりうもいなかったら、私がしなきゃいけないしね」


あかりはそう言い、


「自分の体を理解するのは軍人として必要なことだと思います。自分自身で応急処置をすることもあるでしょうから」


ビアンカもそう言った。


皆、ここで生きることについてちゃんと理解してくれてると思う。


いざという時のこともちゃんと考えて備えてるからこそ、穏やかに生きられるんだ。


人生には何が起こるか分からないからな。


想定できることは想定して、それに備えておいて損はないさ。


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