來編 一瞬の躊躇

なんにせよとにかく、あかりとビアンカとイレーネは、久利生くりうを乗せてコーネリアス号への道を順調に進む。


ところで、余談ではあるが、<ビアンカ専用ローバー>は、ビアンカ専用と言いながらも実は、イレーネやセシリアやメイフェアなら、リンクすることで運転もできたりする。運転席に着いてハンドルを握る必要も本当はないんだ。ただ、人間の感覚としてそうした方が安心できるからってだけだな。


なので、ビアンカが疲れた時には代わってもらうこともできる。他の人間には運転できない…いや、『できない』わけじゃないな。運転席に<背もたれ>がないから体が支えられなくて運転しにくいだけだ。


ビアンカはローバーに乗るだけで体がほぼ固定されてしまうから、背もたれとかは必要ないし。


ちなみに今回は、前席にビアンカ、あかり久利生くりうが座ってる。で、イレーネは、カーゴスペースに元々備え付けられてた、非常用シートに座ってる。メイトギアだから座り心地とかは気にならないしな。


なんてこともありつつ、いつものルートである河に出てきた。もう、最初のそれから数えれば千回を大きく越える回数、通ってきた<道>だ。ビアンカだってもう数十回、行き来してる。


でも、油断はしない。


と、俺のタブレットに<アラート>の表示が。例の不定形生物の接近を告げるものだった。


まあ、今回の場合は、<接近>と言っても、逆にこちらが近付いただけだけどな。あれがいるところに。


対岸辺りに、ゆらりと、水の流れにしては明らかに不自然な動きが見えた。


「いる。不定形生物だ…!」


光莉ひかり号が画像処理してくれたことでよりはっきりと確認できる。


ただ、普通に考えればまだ十分に距離がある。このまま無視して進んで構わない程度には。


だが、その時、


きたる様です…!」


イレーネの声。


「何…!?」


思いがけないそれに俺は緊張する。すると、


「女性だ! 女性があの生物に追われてる!」


久利生くりうも声を上げた。


直後に、


「ホントだ! きたるが追われてる!!」


あかりも。


アクシーズの血を引いていて視力が人間を圧倒しているはずのあかりより先に気付くとか、とんでもないな。


だが、久利生くりうの場合は、軍人として、実際に肉眼で捉えられている映像を自身の経験と照らし合わせて自力で<補正>して見てるというのもあるのか。


「救助に向かいますか!?」


ビアンカの問い掛けに、俺は、


「あ…! あ……!」


一瞬、声を詰まらせてしまう。


きたるならきっと逃げてくれるはずだ。それに、危険に曝されてる者を助けるために何人もの人間を危険に曝すことが正解なのかどうか、いまだに俺には結論を出せていない。


その躊躇は、たぶん、時間にしたら一秒も掛かってなかっただろう。次の瞬間にはイレーネがローバーに乗っていることが思い出される。だから命令しようとしたんだ。


『イレーネ! きたるを助けろ!!』


と。


けれど、それより先に、


「イレーネ! 緊急対応!! あの女性を救出!!」


久利生くりうが命じていたのだった。


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