閑話休題 「灯 FLY HIGH」後編

<ミレニアムファルコン号>と対面したあかりは、自分の中に滾る血を抑えきれないようだった。


コーネリアス号のAIからの説明をイレーネがあかりに伝える。操縦法や注意事項についての再度の確認だ。ここまでエレクシアから教わってきてるが念のためにな。


普段はいい加減そうにも見えるあかりだが、彼女は決して『いい加減』なわけじゃない。直感が先に来て自分の感性に従って動くからそう見えるだけで、実はそれと同時にすごい速さで頭も回転していて、物事の本質を見抜く目も持っている。


だからミレニアムファルコン号を<装着>してる時も、彼女の脳は機体のバランスなどを自分の中に落とし込んでいってるはずだった。その証拠にわずかに体を傾けたり揺らしたり捻ったり、ヨーイングやピッチングやローリングのそれぞれのモーメントを自分の体に染み込ませようとしてるのが分かる。


知識としてエレクシアから渡されたものを、感覚として掴もうとしてるのかもしれない。機体そのものを自分の体として。


それから機体を背負ったまま数歩、走ってみる。その際に機体がどう揺れるのかも確かめているようだ。


で、


「うん、なんとなく分かった。いけそう」


と声を上げる。


「最初のうちは機体の制御はミレニアムファルコン号自体がしてくれます。あかりはまず空を飛ぶことに慣れてください」


イレーネはコーネリアス号からのアドバイスとしてそう伝える。


「ほ~い」


あかりは軽くそう応え、


「タキシング」


一声発した。するとミレニアムファルコン号が機体上部に設置されたプロペラを始動する。


「理屈はもう十分、後は実践あるのみ!」


言うなり地面を蹴り、前屈みで走り出す。さすがアクシーズの血を引くあかりの身体能力は高く、十メートルほど走っただけでふわりと体が浮き上がった。


そしてそのまま体を水平にして宙を滑り、ゆっくりと上昇していく。


「お~っ! 上手い!」


その様子を見ていたビアンカが声を上げる。


そうだ。今、あかりは空を飛んでいる。


が、ぐるりと旋回したと思ったら、すぐに降りてきた。何かトラブルか?


「どうした?」


と訊く俺に、


「あ、いや、飛ぶのはもう分かったからいいんだけど、離陸がちょっと納得いかなかったんだよね」


だと。


「へ…?」


あかりが言ってることがピンと来なかった俺の見てる前で、俺が見ている映像を映し出しているイレーネが見ている前で、


「ミレニアムファルコン号、出力最大!」


あかりが命じて機体がそれに応じてプロペラの回転を一気に上げると、今度は、さっきよりもさらに強く地面を蹴って一瞬で加速。僅か三歩ほどで宙に舞い上がったのだ。


機体が出す推力と自身の脚力とを合わせればそれができることを、さっきの離陸でもう察したらしい。まったく、なんてセンスだよ。空を飛ぶことについてのそれはやっぱり元々備わってるってことなんだろうか。


すると、機体に備えられたカメラに捉えられたあかりの表情は、とても満足そうなものだった。


「飛んでる……私、飛んでるんだね……」


しみじみと彼女は言う。


高度はもうすでに数十メートルに達していた。


アクシーズの血を受け継ぎながらも翼を持たずに生まれてきたことで空を掴むことができなかったこの子が、今、どんなアクシーズよりも、高く、長く、飛んでいる。


あかりは、遂に、空を取り戻したんだ。


その事実に、俺も胸が熱くなる。


そしてあかりは言った。


「お父さん……世界って広いね……それに……


それに、すごく綺麗だ……」


そうだ。さらに上昇して高度百メートルに届こうとしてる彼女の眼前には、どこまでも世界が広がってるはずだった。それを目の当たりにしたあかりの、素直な感想だったんだろう。俺の胸はさらに熱くなって、もう抑えきれなくなった。


「ああ…そうだ……世界は広いぞ……そして綺麗なんだ……」


噛み締めるように俺は返す。


なのに、この子は言うんだ。


「お父さん。私をこの世に送り出してくれてありがとう……愛してる……」


って……


「バカヤロウ。親を泣かせるんじゃないよ。この不良娘が……」


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