明編 理想

恐らく今回のことは、イレーネの義手義足の性能が上がってたおかげで達成できたことだろう。最初の頃の、三本の爪がぎこちなく動くだけの義手とか、殆どただの<棒>だった義足じゃできなかったことだと思う。


それを実現してくれたコーネリアス号のAIにも感謝だな。


また、俺は何度も何度もここで生きる上で必要な覚悟を自分自身に言い聞かせてきたが、それでもなお割り切れないのが人間なんだということもやっぱり自覚させられてしまった。


たぶん、フィクションの主人公とかであればとっくに割り切ってるところなんだろう。そうでなきゃ、


『いつまでウジウジしてるんだ!?』


とか不評を買うところだろうな。


でも、そんなことを言ってる人間も、自分自身を省みてみれば分かる筈だ。人間はそんなに簡単には変われないと。


いや、自分が変われないからこそ、フィクションの中では分かりやすく確実なものを求めてしまうのか。


それが悪いとは言わないが、しかし、そんなものを現実で求めてしまっちゃ自分が辛くなるだけだろうな。


理想と現実の乖離を思い知らされて。


俺も、人間としての理想と、現実とのギャップには今でも悩まされてるよ。人間の姿で生まれてしまった子をすべて救って、そうして人間の社会をここに作り上げたいとも思ってしまうものの、実際にはそんなことは不可能だ。それを実現する為には、一体、何体の要人警護仕様のメイトギアが必要になるのか。


コーネリアス号に配備されていたメイトギア全てが今でも残っていたとしても到底足りないだろうし。


そもそも、そんなことをしようとすればここの環境そのものを激変させることにもなりかねない。


<良き隣人>として共生しつつという理想がその時点で破綻する。


だから、<理想>ってのはどこまで行っても<絵に描いた餅>っていうのが宿命なんだろうな。大事なのはそれにどこまで近付けるか、そしてどこで折り合いをつけるか、なんだろう。


こうやって人間は悩みながら惑いながら生きていくんだというのも思い知らされる。


考えるということを選択したからこその業か。


しかし、とにかく今は一つの命を救うことができた。


赤ん坊を連れて戻ったイレーネに、


「よくやってくれた…!」


と声を掛ける。


なのに、イレーネは、


「いえ、それが役目ですから」


と素っ気ない。


それと同時に、シモーヌとセシリアがマンティアンの赤ん坊を光莉ひかり号の医務室に運びこんで、処置を行ってくれていた。


でも、イレーネの応急処置が適切だったおかげで、ほとんど何もする必要がなかった。産湯に浸からせ体を温めるだけでよかったようだ。


こうして、赤ん坊の命が一つ、救われたんだ。


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