複合商業施設にて

 日曜日。久しぶりに夫婦二人きりで、買い物に出掛けていた。

 近場に出来た複合商業施設に行こうとなったのだ。

 近頃の尊は、奈美子が帰ると、途端に口数が減り、あまり目も合わせてくれなくなったと感じていた麻梛だったが、この日は違っていた。

 尊は朝から機嫌が良く、珍しく夫婦の会話も弾んでいた。

 今にも雨が降り出しそうな空模様だったが、麻梛の気持ちは久々に晴れていた。


 何を買うでもなく雑貨屋や洋服店を見たり、輸入食品の店で紅茶の試飲をしたり、ホームセンターで特売のトイレットペーパーを買ったりした。


 時間はあっという間に昼を過ぎた。

 この日の尊を見ていると、自分が不安に感じている事など杞憂なのかもしれないと麻梛は思った。夫婦生活は我慢の上に成り立っていると、誰かが言っていたのを思い出した。


 昼食は、施設内のフードコートで食べる事にした。

 そこは子供がバタバタ走る音、それを叱る親の声に、注文した商品の出来上がりを知らせるアラーム音などがぶつかり合っている。

 麻梛は野菜たっぷりのチャンポンを頼んだ。

 尊はラーメン、ハンバーガー、たこ焼きをテーブルの上に並べ、「どれから食べようかな」と、無邪気な笑顔で、目を何往復もさせている。

 麻梛は、この冗談とも本気とも分からない尊の行動や言動に惹かれたのだと、今更ながらに思い出した。

 たまに、こんな休日を過ごせたら、御の字ではないだろうか。

 結局は、ハンバーガーから食べ始めた尊を見ながら、そんな事を考えていた。


 麻梛が、そんな些細な出来事を、幸せに変えて夫婦をやっていこうと決心しかけた時、尊はおもむろに口を開いた。


「そろそろ、家にママを呼んで、一緒に暮らそうかと思ってるんだけど」


 尊は、穢れの無い子供のような目をしていた。


「ママがやっとOKしてくれたんだ」


 尊の機嫌の良さは、これだったのだ。


 麻梛は自分の考えの甘さを再認識していた。そして、同時に理解した。

 これは絶対に越えてはいけないデッドラインなのだと。

 麻梛は、素直な言葉を尊にぶつけようと思った。


「ごめんなさい。私は夫婦二人の時間をずっと大切にしていきたいの」


 麻梛は、心からそう思っていた。


「今のままじゃダメ?」


 そして、それが最大限の譲歩だった。

 麻梛の言葉をしっかりと聞き届けた尊は、テーブルに手をついて立ち上がった。


「麻梛の考えは分かった」


 尊はそう言うと、麻梛を一人置いてフードコートから出ていってしまった。

 麻梛は初めて、尊の瞳の中に冷酷な光を見た気がした。


 それからすぐには劇的な変化はなかった。

しかし、尊から決定的に突き放されるのも、時間の問題かもしれないとも思っていた。

 それでも、麻梛は尊にしがみ付きたいと強く思っていた。何にも執着せず、ただ死ぬのを待とうと思っていた自分は、どこへ行ってしまったのだろうか。


 麻梛は悲しいほどに、尊を愛していた。

 尊を自分の元に取り返すしかない。

 尊を自分だけの物にしなければならない。


 麻梛は茶色い小瓶を強く握り締めて、そう心に決めた。

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