義母のトマトスープ
会社が休みの今日、尊は夜遅くまで実家に入り浸っていた。
以前までは昼間の散歩がてらに、奈美子の顔を見に行くという程度だったのだが、ここ最近は違っていた。
麻梛が夕食を用意して待っているのを知っているはずなのに、尊は何の連絡もなしに「ママのところで食べてきた」と、悪びれもせず言う始末だった。
それだけならまだ良かった。
自分の家のキッチンは聖域であって、他人には絶対に使わせない。それは麻梛が、この家の専業主婦として守らなければならない唯一のプライドだと思っていた。
しかし、それすらもあっさりと踏み躙られたのだ。
その日は、とても心地よい秋の夕暮れにやってきた。
麻梛が夕食の買い物を済ませて、帰ってきた時の事だから、やってきたと言うより、待ち構えていたと表現した方が正しいかもしれない。
玄関の鍵が開いていたので、買い物の間に奈美子が来ていたのだと、すぐに分かった。
そんな事は、今までもあったのだが、この日は明らかに、その今までとは違っていた。キッチンから、包丁がまな板を叩く音と、幾つかの野菜が鍋で煮込まれている匂いがしたのだ。
「麻梛さん、お帰りなさい。今日は、たーちゃんの大好きなトマトスープを作ってあげようと思って」
キッチンに入るなり、奈美子の粘着性のある高い声が響いた。
麻梛は、いっそ脳に伝達される全ての情報をシャットアウト出来ないかと思った。勝手なプライドを奈美子に押し付けられないのが分かっているだけに、余計に腹立たしかった。
出来上がったトマトスープは、薄めたトマトジュースに、玉ねぎと人参とキャベツを入れてあるだけの味。
麻梛の率直な感想だった。当然、そんな事を言えるはずもなく、言葉もスープも一緒くたに飲み下す。
隣で尊は「やっぱり、ママの味は最高だよ」と繰り返し、おかわりまでしていた。
これを境に、奈美子が夕食を作る機会が増えていった。
まるで、じわじわと風雨に浸食される野ざらしの岩みたいに、夫婦の有り様が変わっていくように麻梛は感じた。
と同時に、最早それを止める術は一つしかないのかもしれないと思い始めていた。
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