陸橋

 麻梛は久しぶりに駅向こうのスーパーまで足を伸ばしていた。

 この辺りのスーパーは、高層マンションが数多く、比較的裕福な家庭が多い地区だけあって、値段が高めに設定されている。

 麻梛が今、買い物をしているスーパーも、品質がいい物を置いてあったが、当然、値段もいい物なので、麻梛が住んでいる住宅地からは、わざわざ買いに来る人は少なかった。

 麻梛は、手に持っていた牛乳パックを棚に戻して、その代わりに奥から賞味期限が一番遠い日付の物を取り出す。

 他にトマト、玉ねぎ、人参にキャベツを買い物かごに入れて、レジを済ませた。


 麻梛はスーパーを右に出て、人通りの少ない方へと歩いていく。

 ここの線路を渡る方法は、二通りある。駅の地下道を通る方法と、陸橋を越える方法だ。

 麻梛は迷わず陸橋の方へと向かった。

 何故なら、誰も利用しないからだ。

 当然と言えば当然で、駅の地下道の方が便利だし、明るくて人も多い。

 陸橋は少し駅から離れた場所にあって、しかも、地下道よりも多く階段を上り下りしなければならない。

 晩秋の夕方ともなると、もう辺りは闇が顔を覗かせる。女性の一人歩きとなれば、余計に敬遠するだろう。

 だけど、麻梛はこの陸橋を渡る。


 


 突然、背中に何かが触れたかと思うと、バランスを崩してしまい、勢いよく階段を転げ落ちた。


 麻梛が次に気が付いた時には、病院のベッドの上だった。

 目を開くと、そこには尊の顔があった。

 麻梛の瞳から、ふいに涙が零れた。

 それを拭った尊の指が、やけに冷たくて、麻梛は心地よさを感じた。


 と同時に、義父の成貴の時の事を思い出していた。


 頬に触れていた尊の指が、今度は麻梛の喉元に触れて包み込む。


 尊の愛しい手。


 その感触は、今でも麻梛の体に残っていた。


 もう一度だけでいいから、その手で背中に触れてほしいと心から思った。


 そうすれば、尊を永遠に自分だけの物に出来る。


 自分は間違っていないのだと確信し、ナースコールのボタンを押した。


 麻梛の瞳に、再び涙が溢れた。


 病室の扉が開き、先生と看護師がベッドの横にやってきた。

 幸い怪我も大した事はなく、翌日には退院となった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る