3-4

 ポータルは逆さにしたゴミ箱のように俺を吐き出した。半ば空中から全身を固い地面に打ち付け、俺は痛みに顔を歪めた。隣に、リーナとシリアがふんわりと漂いながら下降してきた。「ベチャ」と大きな音がして、スライムが着地を決めた。衝撃にしばらく全身がプルプルと揺れた。


「本当に人聞きが悪いわね!」

 地面に立ってすぐ、リーナの苛立たしい声が響いた。横を向くと、彼女の手首を光の魔方陣が囲っていた。リーナが手を空中で一振りすると、頭上にぽっかりと空いていたポータルは消えた。


「ごめん。でもスライムを見殺しにできなかった」俺は申し訳ないと思いながらも、きっぱりとした声で答えた。

 リーナが長い溜め息をついた。

「とにかくここから逃げる。全速力で!」

「俺たち、もうホワイトストーンから出ているよな?」


 俺は周囲をざっと見回した。ホワイトストーンから大分離れたところに飛ばされたようで、時間が進んでいる。東の空がすでに白く染まり、薄暗い中をあたりの景色が浮かび上がっている。

 ここは、廃れた小さな村だ。村人たちは遠い昔に皆去ってしまったのだろうが、泥の壁で作った小屋はどれも空っぽだった。空っぽだ。壁は風化して亀裂が走り、半壊した建物もあちらこちらにある。長年風雨にさらされた屋根には雑草が生えている。人の気配はおろか、野鳥やネズミなどの小動物も見当たらない。


 村の中央広場に、俺たちはいる。そこには変わった形のトーテムが立っている。それを見るや否や、俺は思わずゾッとして後ろずさった。それは禍々しく蠢く黒いオーラに包まれ、朽ち果てた周りの景色から浮かび上がっていた。骨を組み合わせて作った「キ」の字をした支柱に、歳月の経過が全く感じられないなめし皮が張られていた。革の表面は気味悪い程きめ細かく、中央に目の形をしたマークが真っ赤な塗料で描かれていた。


「人骨と人皮で出来たトーテム……それにこに目の模様……異形の親玉、深淵の王者の印です」

 俺の隣でシリアが囁いた。

「アビスロード?」

「そう」リーナがさっぱりとした声で割り込んだ。「ナファリムそのものを喰い尽くそうとする恐ろしい存在。この村も、奴の餌食になった。私は、ここの唯一の生き残りだ」

 俺は驚いて彼女に振り向いた。「じゃあ、この廃れた村は君の故郷なのか」

「そうだ。ポータル魔法を発動するには、記憶にある特定の場所を目的地に設定しないといけない。あの時私の頭に過ったのは、皮肉にもこの忌々しい場所だった。アビスロードはここにいた人間、家畜、生命あるものすべてを、一つ残らず喰ったわ。そして喰い尽くされた場所に、この悍ましいトーテムを立てた」

 リーナは急に思い出したように頭を振った。

「昔話している場合じゃない。速く行くわよ。ポータル魔法にはが残る。ナナコ様の手下がそれを辿ってくるのも時間の問題だ。ここからは出来るだけ自分たちの足で歩く」


 そそくさと歩きだしたリーナの後ろをシリアが追った。

「リーナ様、行先はもうお決まりですか」

「うん。ここから北を目指す。荒野をひとつ抜けると鉄の城壁が見えてくるはずだ」

「スチールレギオンに行くつもりなのですか」シリアが目を丸くし、驚きにも心配にも聞き取れる口調で訊き返した。

「仕方がないのよ」

「でも……あそこの支配者は確かリーナ様と……」

「もう大昔の事だから、私のことは心配しなくてもいい。それより速くここを離れよう」

 リーナは「ついてこい」と言わんばかりに俺の方を一瞥し、再び歩き出した。


 俺は足を動かしながら、リーナの背中を眺めた。暗い廃墟の中を縫うように進む彼女の背中は、ほっそりとした影のように見えた。不穏で、どこか頼りなさそうだ。

 彼女に訊きたいことが山ほどあるが、喉に詰まってうまく出てこない。わがままで傲慢な態度にはいつも閉口だが、リーナは俺の知らないし想像もつかない過去を背負っているようだ。人間界でのうのうと暮らしてきた俺とは大違いなのだ。

 背後を過ぎ去る村の風景に、俺はもう一度振り返った。死の静寂に包まれる中で、家屋は闇に溶け込み、うっすらと影が掛かった。アビスロードのトーテムだけがやけに目立ち、どんなに離れていても俺の視線を吸い付けていた。トーテムの中央にある赤い目がこちらを睨んでいる。そんな錯覚がして俺の背筋が粟立った。

 

 

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