2-6

 次の日、俺、シリア、リーナ、それからナナコ様が、訓練用の異空間にそろった。ついに、恐怖の訓練が始まった。


 俺の真正面に刃物女、真横に腹黒召喚女、真後ろに身の毛もよだつモンスター女。三人から発する有り余るほど強烈なエネルギーが、三角形の魔法陣を作って俺を封じ込めている。少なくとも俺にはそう感じている。もう恐怖で膝ガクガクなのだ。


 例え「落ち着け」、と言われても、俺は絶対に出来ない。世界で一番嫌いな異性を思い浮かべてみるんだ。そいつが十人に分身して、「大好きだ、結婚してくれ!」と一斉に追いかけてくるところを想像してみろ。そうすれば俺の気持ちが分かる。


 余談はここまでだ。

 

「手加減は必要ないよ、シリア。死んだらまた私が蘇らせてあげる」リーナが腕組みしながら涼しい顔で言った。

「はーい、リーナ様」嬉しそうに答えるシリア。

「ちょっ、蘇っても俺は死にたくねえよ! 死ぬときって痛いんだぞ!」

「じゃあ、精々頑張れよ」

 軽く手を振ると、リーナは草原の遠いところまで一瞬でワープした。この手のテレポート魔法はお手の物のようだ。やたらと開けられたスペースに、俺は戦いの熾烈さを予感してしまった。


 シリアが軽くお辞儀をした。可愛らしいワンピースがひらり、その下から矢継早に刃物が飛び出した。

「よろしくおねがいしますぅ!」

 憎めないハキハキした声と共に、ミンチの時間が始まった。


 四面八方から襲い掛かる刃の雨を、俺は必死に回避した。ここ数が月の訓練で俊敏パラメーターが大分伸びたお陰で、何とか生きている。ただしいくら避けてもキリがない。圧倒的な数で刃はついに俺の体に掠め、服は切り裂かれ、肌は赤い傷口に埋め尽くされていく。しかし俺には痛みを感じている余裕さえもなかった。


 念動力で刀剣を操るシリアの仕草は、まるでアイドルダンスのようだ。余裕の笑顔をかまし、腰を捻り、ピップを揺らしている。体の動きに合わせて手足は自然に踊る。危険な高度まで舞い上がるスカートの裾から、白く形の良い両脚を覗かせている。その周りを、刃物たちが螺旋を作って回転し、それから一本、また一本と、目にも止まらぬ速さで飛んできた。

 

 やがて、俺の上着は布切れとなって舞い散った。裸になった俺の上半身に、リーナは目を細めた。どうだ、この肉体美に見惚れるだろう。程よく筋肉質で、小気味よく引き締まっている。って自画自賛している場合じゃない! 油断していた俺に、剣の先がへそを狙って肉薄する。

 

 避けようとして俺は咄嗟に飛び上がり、両脚を大きく開いた。俺は後でこの判断を大後悔することになった。


『スパッ』と勢いの良い音が響き、剣は両脚の間を通過した。同時に、俺の股間から束縛感が失われた。


 宙を舞っていた全ての刃物が草の上に落ちた。

「ひっ、ひえぇぇ」泣き出しそうな悲鳴を漏らし、シリアがすっかり青ざめる。

 リーナもナナコ様も俺の下半身に瞠目している。


 股間が妙に涼しい。シリアの剣術が巧みなのか、俺の回避が神がかったのか知らないが、刃は俺の命根を紙一重に掠りながらも、ズボンとボクサーパンツを見事に切り裂いた。


 (お、攻撃が止まっているぞ。)


 偶然にも、俺に反撃のチャンスが訪れた。シリアに一歩たりとも近づけなかった俺は剣を掲げ、彼女にめがけて猛ダッシュ。股間に涼しい風を感じながら、俺は地面を蹴り、剣を大上段に振り上げる。

 

 シリアは呆然としたまま、身構える気配もない。頭上に飛び掛かってくる俺を、涙を溜め込んだ瞳で見上げている。俺の心が不意に痛む。刻々と彼女の頭上に迫る刃を傍らに、俺の脳内で自問自答が素早く展開する。


 待ってよ早川俊明、本当にこのかわいい女の子を切ってしまうつもりか。彼女に何度も殺されかけたからいいんだと? いや、良くないだろう! プライドは捨てても、良心は捨てちゃいかん!


「やっぱり無理!」

 シリアの前で着地した俺、剣を振り上げたままピタッと静止した。目の前には、ポロポロと涙を零しているシリアがいる。


 後方からパチパチと拍手の音が聞こえた。振り向くと、リーナが感心したように笑みを浮かばせている。

「情けを掛けているのかい。あなたの頭は空っぽじゃなかったわね」

「うるさい! こんなのずるいぞ、俺を女の子と戦わせやがって」

 ぶっきらぼうに吐き捨てる俺に、リーナは険しい表情を見せる。いや、ではない。俺の背後に居るシリアにだ。


「危ない!」

「え?!」

 リーナは俺に掌を掲げた。と思った次の瞬間、俺をシャボン玉のような球状のバリアが包んだ。強い衝撃波に吹っ飛ばされ、俺を包んだバリアの球体が草原の上を転がった。勢いよく蹴飛ばされたサッカーボールのように。もしリーナの魔法が無かったら、結果は全身骨折以上にひどかったかもしれない。


『ひえええええええええ!!』

 

 次に襲ってきたのは、鼓膜を粉砕するほどの爆音、いや、泣き声だった。

 

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