2-5
デュアルヘッドの見た目こそ凶暴そうに見えるが、攻撃パターンは至って単純だった。いつも飛びつきからの引っ掻き、噛み付き、それから棘のいっぱい生えている尻尾の振り回し攻撃。図体は大きいので、動きは遅い。今の俺には、もう止まっているように見える。
俺は身を屈め、頭上を掠める鈎爪を難なく回避する。それから巧みな足裁きで異形の横に回り込み、無防備な横腹に剣を勢いよく突き立てた。剣先はあばら骨の隙を通り抜けて心臓に命中した。デュアルヘッドがうなじの逆立つ悲鳴を上げ、巨大な炎の塊となって消えていった。
やったぞ、と思った次の瞬間、俺の体から眩しいオーラが立ち昇った。腹の底から全身にかけてパワーが漲った。
シリアが嬉しそうに目を輝かせ、小走りい駆け寄ってきた。
「おめでとうございます! 一気にレベルが上がりましたね!」
「お?」
「デュアルヘッドはシュンメイ様のレベルより数段高いので、それを倒したことにより、一気に同じレベルまで成長したのです」
ステータス画面をチェックすると、レベルの桁が一個増えているのではないか。俺は俄かに狂喜し、思わず剣を掲げた。なんだか勇者になったみたいだ。異世界だろうが何だろうが、努力は裏切らないのだ。
訓練所から出ると、そこには見知らぬ女が鎧を身に着けた兵士たちを従えて現れた。俺は視線を彼女の足先から上に向かって滑らせる。シンデレラが履いているようなガラス製のハイヒール、靴先には大きなダイヤモンドが飾られている。タイトなドレスの、サイトスリットから覗かせる細長い美脚、くびれた腰、低い襟元から半分ほどはみ出しているふくよかな胸。セクシードール並みのスタイルに、俺は思わず舌鼓を打った。
ただし、顔を見た瞬間、俺は思わず悲鳴を上げたくなった。顎骨が出張った長方形そのものの顔面に、巨大なイチゴ鼻とたらこのような唇がとってつけられたのように生えている。両眼は互いと喧嘩しているかのように距離を離し、顔の中央に駄々広いスペースを作っている。筆舌に尽くしがたい醜さに俺は噴き出しそうになり、慌てて堪えていた。
女はカーリングした長髪を指先で弄りながら俺を見つめている。小さい目がさらに小さくなり、顔から消えてしまいそうだ。ピンク色のグロスをたっぷりと塗った唇が、グミキャンディーのように伸び、身の毛もよだつ薄笑いを作っている。
シリアはすぐざま膝を折って頭を下げた。スライムも体を低く縮ませた。
「ナナコ様、地下訓練所にお越しなさるとは知らずに、申し訳ございません」
(ナナコ様だと?!) また悲鳴を上げたくなった俺。
この国の偉大なる支配者、肖像画においては絶世の美女として描かれていたのではないか。きっと絵師にパワハラしたに違いない。
驚愕のあまりに開いた口が閉じらない。リシアが俺のズボンを摘まむまで、俺はナナコ様の前でただ棒立ちしていた。慌てて跪くと、頭上でナナコ様が鼻を鳴らした。
「この男が、リーナの新しいアバターか」オカマに似た太い声でナナコ様が言った。
「はい、さようでございます」シリアが俺の代わりに答える。
俺は少しばかり頭を上げ、ナナコ様をチラリと見上げた。ナナコ様は舐め回すように俺を眺めている。俺の全身から鳥肌が立ち、タマが縮みあがる。
「地下から大きなエネルギーの波動を感じて来てみたと思ったら、お前の仕業か」
「すみません、訓練していただけですが……」
「まあ、よい。危険はないことがわかった。それにしても、スキルもまともに使えないのに、体だけでここまでレベルアップしているとは。リーナもなかなか見る目ある女だねえ」
「いえいえ、とんでもありません。私には勿体ないお言葉です」俺はすっかり営業トークになっている。怖いお客さんと向き合っているみたいだ。
「名前は?」
「ハヤカワシュンメイと申します」
「次回の訓練にあたいも呼んでくれ。それと、手合わせの相手は―シリア、お前だ」
きょとんと面を上げるシリアに、ナナコ様はすでに背中を向けていた。
「こやつのポテンシャルがどれほどのものか、あたいが直々に見定めてやろう」
そう言い残し、ナナコ様は護衛隊を連れて去っていった。
「おめでとうございます、シュンメイ様! ナナコ様が直に訓練をご覧下さるというのは、ホワイトストーンに暮らすアバターにとって、すごく栄誉あることなのでございます!」俺の隣でシリアが声を弾ませた。
だが俺には嫌な予感しか湧かなかった。刃物大好き女と世にも恐ろしい醜女のいる訓練は、果たして俺にどんな惨劇をもたらすのだろうか。小さくなっていくナナコ様の後ろ姿を、俺は苦虫を噛みつぶした顔で見送った。
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