2-4
俺が訓練で意識を保てるようになったのに、一ヵ月近く掛かった。それからまっとうに攻撃を返すことができるのに、三ヵ月掛かった。リーナ曰く、まあまあ上達が早い方だそうだ。たぶん、俺を慰めているのだと思う。
スキルは使えない「ドヤ顔ビーム」だけのままだが、身体能力の向上が目覚ましい。アバターには基本てステータスなるものがあり、俊敏さ、体力、スタミナといった、ゲームのキャラクターと同じようなものだ。これらはスキルとは別に、訓練すればするほど伸びていく仕組みだ。俺は持ち前の運動神経の良さを発揮し、身体能力をぐんぐん高めていった。スキルがしょぼくても、肉弾戦は負けない。そんな意気込みだ。
俺は木剣でスライムの触角攻撃を難なく切り払えるようになった。噛み付きウサギも、素早い斬撃と蹴りで撃退することができた。気がつけば、俺のステータス画面が変わった。レベルが二桁になり、基本ステータスのパラメータも随分と長くなった。
「ちょっとアバターらしいことができるようになったじゃない」俺の脳内で、リーナが冷やかし半分に誉め言葉を聞かせた。
まったくもって喜べない。俺は憂さ晴らしを兼ねて、飛び掛かってきた噛み付きウサギの脳天を叩き割った。異形は地面に転がり、忽ち青い炎となって消えた。見回すと、草原は俺とシリアとスライムだけになった。最後の一匹を片付けたようだ。俺は木剣をしまい、掌をこすり合わせた。
「シュンメイ様、やりましたね! 大進歩です!」
シリアが小さな両手をパチパチさせ、子供を褒めるように俺を褒め倒した。スライムも彼女に合わせて触角を叩き合わせたが、音らしい音が一つも出てこない。
(まったく、馬鹿にされたもんだ。)
そうやって不満不平を喚きながらも、俺はちょっとずつナファリムの生活に馴染んでいた。シリアの言う通り、宮殿の生活は快適だ。訓練の時間以外、俺は好きなように過ごした。毎日三度の飯もこの上なく旨い。部屋も広く、家具はオシャレでベッドはフカフカ。欲しい物があれば、シリアに言えば買ってもらえる。彼女は実によく俺の面倒を見てくれる。が、無邪気に雄の本能を掻き立てることがしばしばある。仮に俺が自制のできない男だとしたら、間違いなく彼女を襲っているだろう。いや、そんなことをすれば、俺は真っ先にミンチにされてルビーちゃんのご飯になっているのかもしれない。
――
今日の敵は、いつもより遥かにレベルアップしている。ネコ科肉食獣に似た大きな異形だ。頭が二つあり、背中から鋭い棘が生えている。
俺は木剣を構えた手を下げ、憮然と立ちすくんだ。
「あ、ちょっと待ってくださいね」シリアは何かを悟ったように言うと、両手をスカートの下に突っ込んだ。
「うーん、どこにしまったのかしら」
裏地の中をモゾモゾと探りながらリシアが呟く。イケないところに触れたのか、彼女は「あっ」と小さな悲鳴を漏らし、頬を赤くした。俺の両目はその些細な仕草を見事に見納めた。それから何度も脳内再生を繰り返した。
「あったあった! シュンメイ様、これを貸してあげますよ」
体をピックンと震わせ、シリアは太腿の間で何かを掴んだ。ゆっくりと引き出されたのは、一本の長い剣だった。
「これを使ってください。流石に木剣でデュアルヘッドは倒せませんよ」
シリアは剣をくるりと回転させ、柄を俺に差し出した。
「お……ありがとう」
俺はおずおずと手を伸ばした。なるべく平然を装って、まだ温もりの残る剣柄を握った。頭のなかでは既に鼻血を噴き散らしている。
「さあ、頑張ってください」
ぴしゃりと言い残し、シリアは素早く後ずさって距離を離した。
少女の股間で暖められた剣を握りしめ、俺の気勢が火山噴火如き高ぶりを見せる。全身の血液が沸騰し、力が熱流のように肢体の隅々まで漲っていく。シリアは無意識的に、俺にとんでもない魔法をかけたようだ。
(こうなったら、絶対にあいつを倒してやる!)
そう強く念じ、俺はデュアルヘッドを睨み上げた。
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