2-2
ラスボスの部屋かと思わせる荘厳な石扉が自動的に開いた。『ゴゴゴゴゴ』と重い音を轟かせ、扉の随所に埋め込まれた宝石が輝いた。奥は空っぽの大広間が広がっている。奥行き10数メートル以上、大聖堂か何かを思わせる広さだ。立ち並ぶ石柱の間に、怪しげに光る魔方陣の描かれた石壇が配置されている。
「ここが訓練所です」リシアが俺に振り向き、朗々と説明を始める。「魔方陣の一つ一つが異空間と繋がっています。私たちアバターが修行するために、召喚士の皆様が特別に作ってくださった空間です。アバターのレベルによって、地形も出没する異形も異なります」
シリアは口を止め、じっと俺を見た。
(うわ、嫌な視線。街コンで女が男を選別するときに使う目だ……)
「シュンメイ様はLv.1のようですね。ではこちらへ」
シリアの指示に従い、俺は扉の一番手前左側にある魔方陣の前に立った。
「この魔方陣は、陽光の大草原に繋がっています」
「大草原ってまさか……」俺の脳裏を噛み付きウサギの大軍が過る。
「はい」ニコッと目を細めるシリアに、無邪気な殺意を感じずに居られない。「平坦だし、小さな異形しか出没しないので、ビギナーにピッタリです」
「ウサギは嫌だぞ……」俺は声を噛み殺した。
その時だった。どこからとなく着信音が響いた。辺りを見回しても音源らしいものが見つからない。俺はようやく、それが俺の頭の中にあると分かった。首輪の札を触ると、また文字が目の奥に浮かび上がる。俺は自然とそれを読み上げた。
「噛み付きウサギも倒せないならもっと弱い相手を用意した……って」
「リーナ様が直々にメッセージを送ったようですね」
「すげえなこれ、頭んなかにスマホがあるみたいだ」
「すまほ? わかりませんが、アバターの意識には、常に召喚主と通じるように魔法が仕掛けてあるのです。遠く離れていても、念じるだけでコミュニケーションができます」
「人間界より進んでんじゃん」
「えへへっ、そうですか。さあ、どうぞお入りください」シリアはまたニコッと笑い、魔方陣を指した。
グズグズしている俺。
「大丈夫ですよ。私がついてますから」
シリアが俺の背中を"そっと"押した。俺は突き飛ばされそうになってつんのめった。魔方陣の中心に顔面着地を決めると、忽ち視界が暗転した。
再び草原に立った俺の前に、ゼリー状の等身大な塊が立っている。毒々しいまでに鮮やかな緑色で、形の定まらない輪郭を絶えず蠢かしている。
「これは―」
「スライムですよ」背後でシリアの声がする。「噛み付きウサギより弱い異形といえば、これしか居ないのでしょう」
「お、おう、スライムさん」俺はゆっくり手を上げる。襲われないために、こちらが無害であることを示そうとした。
スライムは体の上半分を曲げた。お辞儀をしているようだ。何だ、思ったよりずっと友好で文明的じゃないか。
「この子は宮殿の清掃員で、今日は特別に来てもらいました。スライムの体は汚れを溶かす効果があり、気性も大変穏やかなので、私たちと共存できる数少ない異形の一つです」
そう紹介をしながら、シリアが俺たちの間に立った。
「さて、始めましょう。シュンメイ様、まずはスライムにスキル使ってみてください。この子は不死身なので、心配いりませんよ」
俺は思わず固まってしまった。
「スキルって、何?」
俺の質問に、リシアは口を押えて飛び上がり、スライムは体の一部をクラッシュゼリーのように噴き出した。
「スキルを持っていないのですか?!」
「え、スキルというか、TOEIC満点だしMBA資格もってるし、そういうこと?」
「違いまーーーーーす! 異形と戦うスキルですよ!」シリアの頬が真っ赤になる。
顔に巨大なクエスチョンマークを浮かばせている俺に、彼女はため息交じりに説明する。
「アバターが召喚されるときに、今まで人生の中で好きだった物事に紐づいて、基本スキルが一つ決まるのです。私の場合、剣や刀を念動力で操る"ブレイドウェイバー"でした。シュンメイ様も、きっと何か持っているはずです。ステータス画面を探してみてください」
つまり、シリアは刃物が好きな女って訳か。
背筋が粟立つのを感じながら、俺は再び首輪の札に触れる。すると、空のスロットがゾロゾロと目の前に並んだ。
「やべぇ、本当に何もない……」
「嘘です! シュンメイ様は好きなものが無いというのですか?!」
「俺は……」
真剣に自分の好きなものについて、考えたことが無かった。得意なことはいっぱいある。勉強だったり、サッカーだったり、仕事だったり。でもそれらは、やらなければならないから、好きだと自分を騙してやってきたことだ。なぜなら、俺は常に優秀で居なければならなかった。
「ないかも」
ボッソリと呟く俺に、シリアは絶句。辺りが虫の音をも殺す静寂に包まれる。
純白な布筋を股間から覗かせ、シリアが仰向けに倒れた。
「もう、駄目ですぅ……シュンメイ様、色んな意味です凄すぎますぅ……」
この言葉を最後に、彼女は気絶した。
スライムもすっかり粘り気を失い、のっぺりと地面に広がっている。体の表面がぐつぐつと湯気立っている。
「えっと、これは不戦勝ということでいいかな」俺はザリザリと頭を掻いた。
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