2.Lv1から始まる俺のナファリム生活

2-1

 蘇ってから数日後、俺の身心が落ち着いて(絶望して)から、リーナが再び顔を出した。あのシリアという名の、危なっかしいパンチラ女も一緒だ。


 首輪をはめて大人しくしている俺をざっと見回し、リーナは満足げに頷いた。

「まあ、シュンメイ君は頭いいから、私に従うことが生き延びるための得策だとわかっているようだね」

 俺は渋いため息を漏らした。

「君次第だなあ。俺はもう散々な目にあったから、過去のことは水に流して、これ以上いじめないでくれ……」

「君次第だなあ」リーナは俺の言葉で切り返した。「一人前になって私のために戦え、そうしたら見直してやる」

「どうやって。俺はただの人間だ。パンツの下に刃物の束を隠くせってか」

 俺の言葉にシリアが頭を傾げた。

「訓練よ。今日から」リーナがサバサバと言った。

「え?」

「シリア」

「はーい、リーナ様!」召喚主マスターに呼ばれてシリアが嬉しそうに返事をする。

「新人アバターに、まずは宮殿を案内して。それから訓練所に連れて行って」

「かしこまりました」


 シリアは小走りで俺に向かってくる。小刻みに揺れる双丘に視線を吸い寄せながらも、俺は後ろにずり下がる。

「さあ、行きましょう!」満面の笑顔でシリアが俺の手を引っ張る。

(おいおい、先日まで俺を殺そうとしたんだろ? 態度豹変しすぎ……)

 俺はシリアに半ば無理矢理に、部屋の外へ連れていかれた。その様子をリーナが眼を細めて見守った。


 シリアと宮殿を散策しながら、俺はこの世界の基礎知識を色々聞かされた。

 ナファリムには、いくつかの国が存在する。国と言っても、人間界のように広くない。高い城壁に守られ、城や宮殿の周辺を街が囲む形で大陸に散在している。年中深淵の異形に脅かされているので、人間の社会はあまり大きく発展できないからだ。


 国を支配するのは、主に最強とされるSランクの召喚士。この世界では指を折って数えられるほどしか居ない。今俺の居る国は、ホワイトストーンという名前だ。国土の中心に白い大理石の宮殿が建っているからそういう名前が付いた。ナファリムの中では一際大きくて裕福な国だ。東西南北の交易ルートが交差するところに位置し、商業で栄えている。


 ホワイトストーンの支配者は、ジョブリカタナナコヌスという、とても読みにくい名前のSランク女召喚士だ。みんな略してナナコ様と呼んでいる。なんだか日本人ぽくて親近感が湧かなくもない。リーナは彼女より一つ下のAランクだが、それでも召喚士の中ではかなりのエリートらしい。今はナナコ様の補佐役を務めているそうだ。


 俺はシリアの後ろについてテクテクと歩いている。豪華絢爛な景色よりも、彼女の揺れるヒップとスカートに視線が行く。やましい妄想をする心の余裕は無い。裾の奥から刃物が飛び出してくるんじゃないかと、怖くてソワソワしている。


 道中で出会ったのはローブ姿の召喚士男女数人と、首輪を嵌めた半人半獣たちばっかりだ。この宮殿はホワイトストーンの政治的中枢だけではないく、召喚士とアバターたちの集合住宅でもあるのだ。

 ぼろきれを纏う俺に、通りすがった皆が何かしらの反応を示した。冷ややかに横眼で見る者、クスクスと口を手で隠す者、息を飲む者……まともに快いと思うリアクションが一つもない。


 ああ、ちくしょ~!!


 怒りの雄叫びを誰にもぶつけることができずに、俺は一人で悶絶しそうになる。人間界で当たり前のように味わっていた優越感、それと正反対の気分を俺は今味わっている。甘い菓子を食べた直後に胆汁を飲まされたような、複雑な思いで胸がむしゃくしゃする。


 俺を内なる苦難から束の間に開放したのは、目を驚かす光景だった。

 宮殿の駄々広い中庭に、ドラゴンが寝転がっている。真っ赤な鱗に大きな角、ごっつい頭。口を開ければ人間一人丸呑みしてしまいそうな大きさだ。首に金で出来た巨大な首輪が嵌められ、やけにチカチカと輝いている。


「あれは、ナナコ様のアバターです。火を吐けば国一つ地上から消し去るといわれるほど、とにかく強いそうですよ」

 スヤスヤと寝息を立てているドラゴンの巨体を指さして、シリアがうんちくをひけらかす。

「大きくて恐ろしそうに見えても、実はすっごく人懐っこいですよ。子羊の肉が大好物なんです。私は時折餌やり番として世話をしますが、おねだりして鼻先を擦り付けてきます。そのたびにドレスが台無しなりますが……あの赤いルビーのような鱗、きれいでしょう。だから名前も、“ルビーちゃん”なんです」

「へ~」俺は心なしに答える。

 最強アバターになるということは、いずれこの大怪獣と戦わなければならないということか。


 (無理ゲーじゃん……)


 すっかり自信喪失した俺は、自意識のないゾンビのようにシリアの後について歩いた。ホワイトストーンの歴史やらなんやらを聞き流しているうちに、俺たちは宮殿地下の入り口に立った。

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