1-7
「何の騒ぎだ」扉の方からリーナの声がした。
俺は恐る恐る目を開けた。刃は俺の鼻先擦れ擦れに止まっている。冷たく鋭い閃光に視界が白飛びし、思わず気を失いそうになった。
「武器をしまいなさい、シリア」
淡々としているが、どこか容赦のないマスターの声に、シリアは頬を膨らませた。
「シリア」
厳しい声で念を押され、シリアは渋々スカートをめくりあげた。
壁に刺さった刀剣が一斉に抜け、小さな銀色の欠片に戻った。それらは魚群のように宙を泳ぎ、シリアのスカートの下に吸い込まれた。
シリアはワンピースをはたいて整えた。それからリーナに振り向き、さっきまでのことを洗いざらしに話した。
俺はすっかり腰を抜かし、床の上にへたばりこんだ。
もう嫌だ。家に帰りたい。
道に迷った子供のような惨めな気分に、俺は思わず泣きだしたくなった。
「そんなに帰りたいのなら、帰してやってもいいけど」俺の考えを見透かしたかのように、リーナが話しかけた。
その言葉を聞いて、俺は天使に会った受難者のような眼差しで彼女を見上げた。
リーナの眉尻がひょいと吊り上がる。
「ただし、条件がある。ナファリムで、最強アバターになってくれたら、の話ね」
「最強って……いやいや、今すぐに帰してよ、お願いだから……」
俺は跪いて懇願した。3度も死ぬ目に会ったものだから、もうプライドも糞もなくなっている。
「それは無理よ」無表情で言い切るリーナ。「ナファリムと人間界を繋ぐポータルを開けるためには、特別な魔法チケットが要る。私は一枚持っていたが、すでにあなたを召喚するために使ってしまった。新しいチケットは、来年に開催されるサモナーズヘブンの優勝景品でしか手に入らない」
「さもなーずへぶん?」あやふやな発音で俺がオウム返しする。
「そう。ナファリム中の召喚士とアバターたちが集まって、最強を競う競技イベントよ。召喚士ランクの更新もそこで決まる」
「はあ、まじかよ……」
ガクリと肩を落とす俺に、リーナは声を少しだけ和らげた。
「まあ、可能性は“0”じゃないよ。優勝してチケットを手に入れたら、私はあなたを止めないわ」
俺は床に尻餅をついて黙り込んだ。
無茶だろ、おい。リーナが約束を守るとも思えない。そのうえ、目の前にいる、スカートの下に大量の凶器を持ち歩く半人半魔のような奴らに勝てるわけもない。ああ、お先真っ暗とは、こういうことだなあ。
俺に構わず、リーナは喋り続けた。
「それに、最強だと信じて召喚したはずのアバターが、実は最弱だったとは。私の面子は丸つぶれよ。そのことについても、しっかり償ってもらわないと」
俺は激怒のあまりに呆れ果ててしまった。この女はどこまで自分本位で話を進めるのだろうか。
「まあ、逃げようが、首輪を壊そうが、好きにすればいいさ。どうせあなたは私の庇護がなければ、数日経たないうちに死んでしまうだろう。言っておくが、首輪がないまま死んだら、蘇生できないから。城壁の外に一歩でもでれば、噛みつきウサギよりずっと恐ろしい異形がわんさか居る」
死んだら本末転倒だ。そのことをリーナは見抜いている。もう、俺は完全にこの女に掌握されているというのか。
俺は壁にもたれかけ、抜け殻になった。
その時だった。
背後で「ミシミシ」と音がした。シリアの繰り出した刀剣は石をもぶった切る強力なものだった。めった刺しにされた壁の個所にひびが走り、バラバラと崩れ始めていた。
俺は驚いて体を起こそうとしたが、すでに遅かった。
「「あ、やばい」」俺とリーナがハモる。中学校の時のように。
俺はのけ反り、崩れた瓦礫と一緒に塔の下に落ちていった。俺の寄りかかった壁の箇所に、ぽっかりと穴だけが残った。
こうして、俺はまた死んだ。
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