1-6

 俺があまりにも悲しい表情をして塞ぎ込んでいると、シリアが目を泳がせながら、おずおずと口を開いた。

「実は……アバターが元の世界に戻るには、召喚士との契りを断たないといけないんです」

「契り?」俺の目がキラリと光る。

「はい。アバターと召喚士の間には強い契りがあるんです。その契りによって、アバターは生かされているのです。シュンメイ様が生き返ったの、そのおかげです」

「契りの断ち方、分かるか」

 急かす気持ちを抑えながら、俺は期待に満ちた眼差しをシリアに向ける。

 シリアは困ったように眉を潜めた。しばらく考えてから、頭を横に振った。

「わかりませんわ。契りを自分から断とうとするアバターなんて、今まで見たことも聞いたこともないです。契りによってアバターは様々な力を行使できますし、死だって怖くないし、この世界でもっとも強大とされる召喚士に守られるのですよ。宮殿での生活もとても快適です。断ろうだなんて、誰もしませんよ」

「ふむ」

 どうりで、シリアはリーナに順重なのか。安全と安定を引き換えに、自由を諦めた奴だ。しかし俺は違う。

 俺は腕を組んで考え込んだ。契りを断つ方法について、思いつく限りのことをイメージしてみた。やっぱり、首輪がもっとも怪しい。これを付けている限り、死ぬことさえもままにならないのだ。俺は心に決めた。


「じゃあ、俺が “契りを絶つアバター” 第一号になるんだな」

「へ?」シリアは目を丸くした。

 俺は首輪を掴み、強く引っ張ってみた。固い革はびくともしない。バックルがなくても、所詮革だ。切ってしまえばいい。問題は刃物がどこにあるのか、だ。部屋を見回してみると、方法はすぐに思いついた。


 俺はベッド横に向かい、そこに置いてあるストールを持ち上げた。それから窓辺に行き、窓ガラスにストールを思いっきりぶつけた。

「ガシャーン」と派手な音をたててガラスが割れた。

「ひっ?!」シリアが小さな悲鳴をあげる。

 俺は床に散ったガラスの破片を一つ拾い上げ、鋭くとがった切れ目を首輪に当て、勢い良く擦り始めた。


「いけません!」シリアが叫び、勢いよくスカートをめくりあげる。


 彼女に振り向いた俺、思わず目が皿になる。舞い上がるレースの下にあるものに視線が吸いつけられた。


 汚れ一つない純白な三角形、肉づきの良い太もも、丸みを帯びたヒップライン。エロスの三大要素がなす黄金比に、俺の頬が忽ち湯気立つ。


 ああ、どうして、これほど罪深い光景を目にしなければならないのか。


 スカートの裏側、レースの層と層の間から、煌めく欠片のようなものがパラパラと落ちてきた。俺は自問自答を止め、思わず目を見張る。それらは重力を無くしたまま空中に浮かび、次の瞬間、大量の刀剣に形を変えて一斉に飛んできた。


「うあああああ!」


 俺は反射的に後ずさり、背中を壁につける。


『ドカカカカカカカカ……』

 

 刀剣は俺のシルエットを一周するように壁に刺さった。指と指の間、開いた股の間にもびっしりと刃が並ぶ。俺はシールのように壁に張り付いた。股間のど真ん中に刺さった刃物の刃が、ズボンの縫い目に少しだけ切り込んでいる。ちょっとでもたじろげばがちょん切られてしまう。


「い、け、ま、せ、ん!」シリアの馬鹿デカい声が鼓膜を突く。


 最後に残った一本の剣が、宙に浮いたまま切っ先を俺の胸に向ける。俺は恐怖に身震い、しょんべんをチビりそうになる。


 我ながら、なんとも無様な格好だ。ああ、もし誘拐されていなければ、俺は今頃真奈美とデートしてイチャラブしているのだろうよ。もしくは同窓会の写真をインスタにアップしてリア充自慢しているだろうよ。

 ああ、神様よ、これはどういうつもりなのだ……


「首輪を勝手に外すことは、アバターの最大な裏切り行為です! この私が絶対に許しません!」

 剣幕のシリアに、俺の怒りが突如と噴き出す。この女のナイーブさがどうしても癇に障る。

「裏切りも何も、勝手に人の首に輪っかを嵌めといて、何なんだよお前たちは!」

「アバターには、この世界を破滅から守る大切な義務があるのです!」

 シリアは窓の外に見える城壁を指して続ける。

「ナファリムは次元の壁が弱いせいで、絶えず深淵の異形たちに侵入されています。ここに住む人々の命を守れるのは、召喚士とそのアバターだけなんです!」

「知るか、そんなの! 俺は人間だ! さっさと地球に返せ!」

「なんですって?!」

 髪の毛を逆立たせながら、シリアの小さな両手が拳になる。俺の胸を刺していた剣が大きく振り上げられる。


(まじか、また死ぬのかよ、俺。)

 

 俺にできるのは、そう心のなかで嘆くだけだった。俺は目を瞑り、冷たい鉄が肉に切り込む瞬間をじっと待った。

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