1-4
今度こそ死んだ。天国で、俺は死んだ。
そう思ったら、何故か俺は蘇った。目を覚ますと、宮殿の一室のような空間で寝ているのが分かった。大理石の柱に支えられたドーム型の天井から、不思議な形をしたシャンデラがぶら下がっている。華奢な骨組みの先端に、発光するクリスタルが物々しい台座の上にはめ込まれている。
2,3人ほど寝れそうなキングベッドから起き上がると、俺は顎が外れんばかりにあんぐりした。
山口里奈が居る。
ベッドの側に置かれたコロロ調のストールに浅く腰掛け、彼女は俺を見ると小さく微笑みかけてきた。
赤いドレスではなく、華やかな刺繍の入ったローブを着ている。まるで西洋ファンタジー映画に出てくる女魔法使いみたいな格好だ。しっかりと化粧が乗った顔、分けられた前髪から白い額を覗かせている。額の上には、複雑な魔方陣のタトゥーがある。
なるほど、学校でずっと前髪で顔を隠していたのは、これの為か。ってか、これは何のコスプレ? 俺は思わず首を傾げた。
山口里奈があからさまな溜息をついた。
「“噛み付きウサギ”ごどきでやられるとは、がっかりしたわ」
飄々とした態度に、俺の困惑に怒りが混じる。
「おい、そもそもこれはどういうことだ?! 俺をビルの上から引きずり下ろしたよな?」
「そうよ」
俺は拳を握りしめ、今すぐにも彼女に飛び掛かりそうだ。
「俺を殺したのか!」
「殺してはいない。《召喚》したのよ。あなたは死んではいない。かといって生きてもいない」
「ちゃんと説明しろ!」
山口里奈は立ち上がり、窓際に寄って外の景色に目を投げ出した。縦長の窓枠から差し込む日差しが彼女の白い肌を輝かせた。
「私は召喚士なの。ここ―ナファリムは召喚士が支配する世界。あなたは私の“アバター”よ。そうね、人間界でいうと、プレイヤーが操るゲームのキャラクターみたいな存在かな」
「なんだと……」
「その証として」山内里奈はまた俺に歩み寄り、小さな手鏡を取り出して見せた。「この首輪と、それについている名札がある」
俺は鏡に映った札をじっと見つめた。そこには「召喚士ランクA、リーナ・グレイン」と刻まれている。
「山口里奈、お前……」
「山口里奈は私の仮名よ。私の名はリーナ。あなたの召喚主だから、しっかり覚えておいて」
「召喚主ってなんだよ、帰せよ、俺を人間界に!」
「無理よ。私は、召喚はできるけど、元に戻せないの」
「おのれっ」
思わず彼女の襟端を掴みたくなるのを何とか堪えた。ここで感情的になっても問題解決にならない。俺は何とか冷静を取り戻し、自分の置かれる状況を考えた。どうやら異世界は本当らしい。俺は不幸にも、“召喚”という形で転生してしまったようだ。それどころか、死んでも蘇るゲームのキャラクターみたいになっている。俄かに信じられないが、今はとりあえず彼女の言うことを聞くしかない。
俺は深く息を吸った。
「なんで、俺なんだ」
「だって、あなたは自分のことを強いっていったじゃん。どうせ召喚するんだから、強いアバターが欲しいわ」
あの時、見栄張らなければよかった。後悔が俺を奈落の底に突き落とした。
「でも騙されちゃったね」リーナは肩をすくめた。「ウサギに殺されるなんて、信じられない」
「なっ、こっちはそんなことを言われる筋合いはないぞ! 勝手に異世界かどこかに引きずり込んでおいて、俺の人生はどうなるんだよ!」
「別に、“あっち”に執着しなくたっていいじゃない。新しい世界で新しい人生が待っている」
「なんだとぉ……」
毅然とした態度の彼女に、俺は閉口した。この女には思いやりや同感力の欠片もない。
「まあ、蘇ったの後は体が弱るから、しばらくは休んでいって」
そう言い残すと、リーナは俺に背を向けて部屋を出て行った。軽やかに去っていくその後ろ姿を、俺は恨めしそうに睨みつけた。
俺、早川俊明。名門大学卒にて一流サラリーマン。ここナファリムで、ウサギさえ倒せない最弱レベル1アバターになってしまった。
「運命って皮肉だな。高く持ち上げてから落とすパターンか」
ぼっそりと呟く俺。もはや悲しむ気力も湧き上がらない。
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