1-3
暗闇が俺を包み込む。衝撃音らしい音の一つも聞こえない。
なんだこれ、全然痛くないじゃないか。死ぬってこんなものか。というか、俺、死んでいるのか?
自問自答をしているうちに、ふっと瞼の裏が明るくなる。驚いて目を開けると、青空と雲と眩しい太陽が視界に飛び込む。
(ああ、ここ天国だな。地獄じゃなくてよかったぜ。)
青臭い匂いが鼻を突く。首を動かして見ると、草葉の硬い縁が頬を掠める。
天国に草が生えているのか。「草生えるwww」
しょうもないオヤジギャクを言い、俺は死に対する恐怖を掻き消した。
上体を起こして辺りを見回すと、ここは大草原だと分かった。どこまでも続く緑と青空のコントラストが美しい。爽やかな風が吹き抜け、草原の表面にさざ波が立つ。
「どこだろ、ここ」
そうつぶやきながら辺りをふら付く。
ふっと、首の違和感に気付き、俺は手を当てる。硬い革の感触が伝わってくる。
「なんだこれ、首輪?」
俺は確かめるように首のまわりをくまなく撫で回した。本当に、首輪のようだ。ただしバックルがついていないので、外そうとしても外せない。
俺は草原に流れる小川に走り寄り、水の中の投影で自分を確認した。
俺はもはや、お気に入りお洋服を着ていない。完璧にセットしたヘアも跡型となく崩れ去っている。俺の身を纏っているのは麻袋を切り裂いて作ったようなぼろきれだ。黒い首輪を嵌め、ボサボサ頭に薄汚れた体はまるで奴隷のようだ。
「うそだろ……天国ではこんなダサい格好しないといけないのか」
驚いて飛び上がる俺、急いでありとあらゆるポケットの中に手を突っ込む。持ち物の欠片さえも一つも出てこない。
首元で銀色の札みたいなものが揺れる。何だろうと手で触った瞬間、俺の目の前に文字の列が並ぶ。正確的には、文字の幻像が眼底に浮かんでいる。俺が目玉を動かすのと一緒に、文字も動く。
「ハヤカワシュンメイ、レベル1、ミナライケンシ」
見たこともない言語なのに、何故か読めた。俺はいつの間にか、天国語を覚えているようだ。
「これはすげえ……」俺は思わず息を飲む。
目の奥でまた新しい文字が浮かび上がる。
「クンレン ヲ カイシ」
読み上げた俺は思わず慌てふためく。「訓練ってなんの?!」
近くの草むらがそわそわと蠢いた。明らかに風の仕業ではない。
俺は息を潜め、その様子に神経をとがらせた。
ひょっこりと現れた白いフサフサしたもの。ウサギだ。一匹、二匹、三匹と続けざまに草むらから飛び出た。程なくして、俺はウサギの群れに囲まれた。ウサギは黒く円らな瞳で俺を見上げ、鼻をひくつかせている。
可愛らしい小動物を前に、俺はほっと一息を付く。
「なんだ、ウサギをモフる訓練かい」
と、次の瞬間、何かが俺の側に落ちた。目を落とすと、そこには草に埋もれた一本の木剣があった。俺は好奇心に任せてそれを拾い上げ、弄ぶつもりで振り回してみた。
すると、ウサギたちが豹変した。目が赤く光り出し、鼻先から耳の根元まである大きな口を開けた。口の中には、鋭い牙がびっしり並んでいる。
ウサギじゃなかった。モンスターだった。
俺は聞くに堪えない惨めな悲鳴を上げた。凶暴化したウサギたちが一斉に飛び掛かり、俺の体を噛みちぎる。俺はがむしゃらに木剣を振ったが、どれも空振りだった。サッカーは上手くても、剣術にはさっぱりなのだ。
今度こそ、痛みが伝わってきた。無数の牙に食い込まれ、全身を奔流する激痛で頭の中が無茶苦茶になりそうだ。程なくして、俺の体は噛みついたウサギ埋め尽くされ、雪だるまのようになっていた。俺は血を撒き散らしながら、草原の上をのたうち回った。
やがてふっつりと、意識が途切れた。
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