1-2
山口里奈は俺を会場から連れ出した。
どこに行くんだよ、と聞くこともできず、俺の心臓が妙に高鳴りする。これはヤバい展開の予感。彼女の手の中で俺の手が汗ばむ。
でも俺は逆らえなかった。目の前に揺れる赤いドレスの曲線に釘付け。彼女から得体の知れない魔力みないたまものを感じる。
俺は、お色気の術にまんまと掛かった訳だ。
俺たちは屋上に出た。
山口里奈は屋根の縁まで歩み寄り、身を屈めて下の風景を眺めた。
「ビルの上に立つのは何年ぶりでしょう。なんだか懐かしいわ」口紅で艶めく唇で彼女はそうつぶやく。
「はは……そうかな」俺が乾いた声を返す。
「最後にこうして見下ろしていたのは、跳び下りちゃった直前ね」
「あ、あの、そのことについてだけど……」
「罪悪感、感じているの?」
「……」
俺は言葉に詰まる。実は、俺も彼女をイジメた悪い奴の一人だった。別に彼女が嫌いだとか、いたぶりたいとか思ったわけじゃない。俺は怖かったんだ。自分がイジメの標的にされるのが。
そう思う訳は、俺は彼女とよくはハモっていたからだ。何かの拍子で、俺たちは同じ言葉を同じタイミングに喋った。それも度々あった。当時のクラスメイトに、悪ふざけで「山口根暗(彼女の異名)と一心伝心している」と言われた。
冗談のつもりでも、イジメのきっかけになるのには十分だと、中学生の俺はすぐに分かったのだ。だから俺は、自分がイジメられる前に、彼女をイジメた。それで自分の“無実”を証明した気になった。
ずっと黙っている俺に、山口里奈が微笑みかけた。
「まあ、俊明君が罪悪感を感じているか感じていないか、正直どうでもいいの」
なんか、こころにグザッときた。俺は咄嗟に喋り出した。
「悪い、その……」
「子供の社会だって生存競争なの。しょうがないわね」
彼女はさらりと言いながら、再び俺の手を取った。俺は手を繋がれるまま、彼女と一緒に屋根の縁に立った。下を見下ろすと、予想以上の高さにふらつきそうになった。
「あの、なんのつもり―」と聞きかけた俺。
「今から私の質問に対する答えが、今後あなたの運命を決める」
「……はあ?」
山口里奈の顔が急に真剣になる。
「あなたは、強い?」
「はあ?」
「答えて」
呆れる俺。迫る彼女に、仕方なく投げやりな返事をする。
「そりゃ……強いに決まっているよ」
「どれくらい?」
「日本の人口の上から1%に入っていると思う」
「よし」
彼女はそう言い、グッと体を縁の外に倒した。俺の体も引っ張られて、バランスを崩す。
足がコンクリートの表面を離れ、俺の体から重力が消失する。
風は耳の中で「ゴーゴー」と鳴り、周りの景色が物凄いスピードで上昇する。
この世で最後に聞いたのは、俺の悲鳴だった。
これは、復讐だ。山口里奈はイジメられた恨みに、俺を黄泉の国に道連れにしたのだ。
父さん、母さん、ごめんな。期待に沿えない愚子を許してくれ。真奈美、ごめんな。お前の花嫁姿をこの目で見れなくて。
俺は目を閉じ、墜落の瞬間をじっと待った。
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