第272話 サイツ総督
サイツ州、州都ペンドラ。
サイツ州最大の都市だ。都市のシンボルであるペンドラ城が中央にそびえている。
そのペンドラ城最上階。
円卓にて軍議が開かれていた。
サイツ州内の有力な貴族たちが一堂に会していた。
その中にはカナレ郡攻略を任されていた、ボロッツ・ヘイガントの姿もあった。
円卓は一席だけ空いていた。
この城の主人、サイツ総督の席だった。
貴族たちは緊張した面持ちで、総督の登場を待っていた。
円卓の扉がゆっくりと開く。
ゆったりと少し小柄な男が入ってきた。
年齢は40代後半くらい。
威厳のある顔つきだ。小柄だが存在感は大きかった。
自分の席まで歩くとゆっくりと席についた。
「さて、軍議を始めようか。ボロッツ報告せよ」
サイツ総督、アシュド・リンドヴァルはそう発言した。
「現状を報告いたします。カナレ攻略及び、郡長であるアルス・ローベントの暗殺も失敗に終わりました。今後は暗殺については警戒されることになり、成功させるのは非常に困難になるでしょう」
ボロッツ・ヘイガントは自らの失敗をはっきりと報告した。
恐れは抱いていない様子だった。何を言われてもいいと覚悟を決めたような表情だった。
アシュドは顎に手を当てて、数秒考えたのち、
「アルス・ローベント、やはり手強い奴だな」
と表情は特に変えずにそう言った。
「ラダス、ミーシアンの動きは?」
「各領地で積極的に兵を増やしているようですね。恐らく、総督であるクランの命令です。状況的に、カナレ郡長暗殺未遂の犯人が我々だとミーシアンは察して、攻めてくる気かもしれませんね」
アシュドの言葉を聞き、長い緑髪の男が発言した。彼はラダス・キーシアス。サイツ州の中では、最高の軍師と言われており、アシュドの右腕を務めている。
「我々の動きを牽制しての軍拡と考えるのは、流石に楽観的すぎるな。近いうちに攻め込んでくると考えた方がいいだろう。まあ、奴がミーシアン国王を名乗った時点で、いつかはこうなるとは思っていたが、思ったより早かったな」
アシュドはあくまで冷静に、現在の戦況を分析した。
「ミーシアン州は、サイツ州に比べると物資も豊富で人も多いため、正面から戦うと不利です。カナレを攻め込んだ際に消費した物資や、兵達もまだ完全に補充できておりません」
ラダスはそう言った。
ミーシアンは平地が多く、さらに気候も温暖で水も豊富な場所なため、作物が育ちやすい土地だ。人口は多く、それに比例して兵の数も多い。
サイツ州はミーシアンに比べると山地が多い。
それでもサマフォース帝国の北部地方に比べれば、山地は少なめだ。
ただ、水が少なく、荒野が比較的多いので、作物の育成が困難な土地が多かった。
土地面積で言うと、ミーシアン州とサイツ州はほとんど一緒であるが、人口はミーシアン州の方が多い。
「戦は攻め側が不利で、守り側が有利にはなりますが、それでも防衛しきれるどうかは分かりません。ミーシアンが攻めてくると言うことは、相手の兵にはカナレ郡の兵達もいるでしょうし……」
「……カナレには散々やられているから、攻めて来たら恐怖で兵の士気が下がる恐れがあるな」
円卓に座っている貴族達は、渋い表情を浮かべた。
「まあ攻めてきたら不利なのは元よりわかっていた事である。だからこそ、こうなると予想して対策は取っていた」
アシュドはそう言った。表情には余裕が見られる。
「あの件ですね……」
「どうなったのでしょうか?」
恐る恐るという様子で貴族の一人がアシュドに質問をした。
「成功だ」
アシュドがそう言った瞬間、貴族達が目を大きく見開いた。
「我々サイツ州はパラダイル州と同盟を結ぶことに成功した」
アシュドの言葉に歓声が湧いた。
パラダイル州は、サイツ、ミーシアン、両州に面している州だ。
支配している土地の面積は狭く、人口も少ない。兵力も、サイツやミーシアンに比べだいぶ少なかった。
しかし、少ないながら強兵揃いなので、他州からは恐れられている。
「パラダイルの戦力を防衛に使うのですね!」
「いや、逆だ。攻め込む」
アシュドは貴族の意見を否定してそう言った。
その言葉に貴族達は驚いている。
「奴らは恐らくカナレ側からしか攻めて来れないと思っているだろう。しかし、パラダイルと同盟を結べたのなら話は別だ。パラダイル側からミーシアンに攻め込めば、不意をつくことができるはずだ」
パラダイル州は、ミーシアンとも領地を接している。兵をパラダイル州に集結させれば、攻め込み事は可能だった。
「不意打ち……成功すればミーシアンの城をいくつか攻め落とせるかも知れませぬね!」
「そうなれば一気に我々は優位に立てます!」
アショドの戦略を聞いた貴族達は一気に盛り上がり始める。
「仮にミーシアン側の対処が早く不意をつくことに失敗しても、強兵揃いのパラダイル州を味方に出来れば、戦力的にはミーシアンを上回れるので不利な戦にはならないでしょう。パラダイルとの同盟も永遠の続く保証はありませんし、同盟関係があるうちに攻勢に出るというのは理に適っていると思います」
軍師のラダスもアシュドの意見に賛同する。
反論をする者は一人もいなかった。
「さて、それでは軍議は終わりだ。皆、戦の準備を始めよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます