第271話 軍議

 サマフォース帝国、アンセル州、帝都内のとある酒場。


 人が少ない酒場だった。


 酒場のマスターと、それからカウンター席に二人の人物が並んで座っており、それ以外に客はいない。


 そもそも店が狭く、カウンター以外に席はなかった。


 客のうち一人は、フードを深く被った女だった。


 そして、もう一人は仮面を被った人物。

 暗殺者のゼツだった。


「あんたがしくじるなんて、珍しいこともあるものね」


 フードの女がそう言った。


「まあ、そういう時もありますよ。流石鑑定眼の持ち主。良い家臣に恵まれているようです」

「その優秀な家臣に、あんた狙われちゃってるんじゃない?」

「そうみたいですね。サマフォース帝国は広いですが……少々仕事はしにくくなりそうですね」

「捕まらないよう気をつけてね」


 ニヤニヤ笑いながらフードの女は言った。むしろ、捕まることを期待しているような口調だった。


「ラク……そっちは何かありましたか?」

「んー特に何もー。仕事は順調だし。そうだ、アンタ鑑定眼の持ち主見つけたんだよね」


 ラクと呼ばれた女性は、ゼツにそう質問した。


「はい」

「ローファイル州に戦術眼の持ち主っぽい女がいるんだよね。まだ十六歳だけど、めちゃくちゃ戦に強い。100戦無敗で、戦女神なんて言われててさ。それに結構美人らしいって話だよ」

「ただの戦上手な人物ってだけでは?」

「それもあり得るね。でも、戦術眼って詳しくはわからないけど、戦に勝つための何かが見えるんだよね。十六歳でそんだけ勝てるってことは特別な力がある可能性は高いよ」

「それはそうですね。もしその女性が戦術眼の持ち主なら、鑑定眼に戦術眼と二つの目を持つ者が揃ったことになりますね。予知眼を持つ者も、もしかしたらどこかにいるかもしれません」


 ゼツはコップを手に取り、酒を飲む。


「サマフォース帝国の内乱に終止符が打たれる日が徐々に近づいている。そんな気がしますね」





 アルカンテス城。


 クランは家臣たちを集めて、軍議を行っていた。


 中央に円卓があり、家臣たちがずらっと座っている。

 家臣たちの視線はクランに注がれていた。

 クランを恐れているような表情を浮かべている。

 今やクランは、ミーシアンの中での絶対的な権力者だ。

 下手な発言一つで立場を失いかねない。

 恐れるのも無理からぬことであった。


 そんな家臣たちの中でも、毅然とした態度を取っている者が一人。


 知将リーマスであった。


 彼はバサマークの側についていたが、戦後も処刑はされず、クランに仕えていた。

 それだけクランに能力の高さを買われていた。


「今回の議題であるが……今後サイツに対してどう対処していくかだ。かの州が、敵対行為をしているのは明らかであり、対策を講じる必要がある」


 クランがそう発言した。


 カナレから、サイツ州が兵を動かし、攻め込もうとしてきたが、最終的に撤退したという報告を、クランは受けていた。

 さらに、アルスの暗殺を企てた可能性が極めて高いとも、同時に報告を受けている。


「様々な敵対行為。見過ごすわけには参りません! ここは、攻め込んで痛い目に遭わせるべきです!!」


 と血の気の多そうな家臣がそう意見した。


「いやいや、サイツがローベント殿を暗殺しようとしたというのが、本当なのか分かりませんし……結局、攻め込んでは来なかったようですから……」


 反対意見も出て、議論が進んでいく。


「リーマス殿はどう思われますか?」


 リーマスは質問を受けたが、数秒間沈黙を続ける。

 家臣たち全員が、リーマスの言葉を固唾を飲んで見守っていた。

 そして口を開く。


「サイツが敵対する意図は明らか。しかしながら、カナレには以前痛い目に遭わされたトラウマか、攻め込みにくい模様。放っておいてもよろしいかと思いますがね」


 リーマスはそう意見を言った。


「しかし、国王陛下のお気持ちは、軍議を行う前から、決まっていたのではありませぬか?」

「……お見通しだな。確かにサイツは弱腰だ。攻めてくるかは分からん。しかし、アルスを暗殺しようとしたのは許しがたい行為だ。家臣が暗殺されそうになり、動かないようでは国王など名乗る事など出来ぬ」


 怒りを込めてクランは言葉を発していく。


「サイツの許しがたい行為を断罪する! 皆の者、戦の準備を始めるのだ!」


 大声でそう言った。

 家臣のために動くというクランの言葉に心を動かされたのか、家臣たちは意気が高揚しているようだった。


 ミーシアンはサイツとの戦に動き始めていた。



 軍議が終わり、家臣たちは円卓から去っていく。

 最後に、クランとリーマスだけが残っていた。


「焚きつけるのが相変わらずうまいですなぁ」

「お主をたきつけることは、失敗したようだがな」

「わしはもう枯れてる老人ですので、戦と言われてやる気は出んのですよ」

「その割には、前の戦ではバサマークに知恵を貸していたようだが?」

「あの時も、やる気があったわけではないですよ。聞かれたから答えてただけですわい」


 飄々とした態度のリーマス。クランは少しだけ険しい表情を浮かべている。


「そうか。ならば、今回戦になっても、聞けばいい戦術を教えてくれると思っていいな?」

「それは約束しますよ。今はクラン様の家臣ですからね」


 クランの問いに、リーマスは頷いて返答した。


「今回の戦は反対のようだな」

「さっきも言った通り、わしはもう老いたので、戦となるとやる気が出んのです」

「本当にやる気だけの問題か?」

「…………あとはそうですな。本当に勝てるのか、疑問に思っているだけです。戦に負けると、得な事は何一つないですからのう」

「サイツは以前の大敗でミーシアンに恐れをなしているだろう。こちらはサイツが攻める口実を作ってくれたおかげで、味方の士気が高い。勝算は高いはずだ」

「それはそうですがね。クラン様はミーシアン独立という大事をやって、まだ時間が経っておらぬ。すぐにサイツを攻めては、サイツ以外の州から強く警戒され、潰されてしまうかもしれませんぞ」

「確かにもっと外交工作など行った後で、戦はすべきだと思っていたが、サイツが暗殺などと言う手を使ってでもミーシアンを害してきているのは間違いない。早く叩かねば増長するだけだ」


 クランは怒りの表情をにじませていた。

 アルスが暗殺されそうになったということが許しがたいと言ったのは、まぎれもない事実であった。


「そのローベント殿には、平和のために独立をしたと説明したのではないですか?」

「それは別に嘘ではない。私は平和を求めている。だが、戦わずして平和など訪れることはない。それだけの事だ」

「……戦っても平和が訪れるとは限りませんがのう。少なくともわしは長く生きて、ずっと戦ってきたが、平和な時代はついぞ拝めそうにない」


 リーマスは少し寂しそうな表情を浮かべた。


「とにかくああ言った以上、後戻りは出来ん。戦になったらお主にも協力してもらうぞ」

「それはもちろん、わしに出来ることは全てやりますよ」


 二人の話し合いはそこで終わり、クランとリーマスは部屋を後にした。

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