第269話 回復

 解毒が成功し、落ちていた体力もほとんど元に戻った。


 今の私は十代だし、体力が戻るのもかなり早かった。三十代とかで、毒を盛られてたりしたら、一生体力が戻らなかったかもしれない。


 会議も休んでいたが明後日には復帰する予定だ。私がいなくても会議自体は滞りなく進むだろうが、ローベント家当主としてやはりちゃんと参加しておかないとな。


「あの、アルス……本当に大丈夫なんですよね……」


 リシアは私が本当に解毒に成功したのか、非常に不安そうにしていた。


「ああ、見ての通りもう大丈夫だ」

「ほ、本当ですよね……いえ、すみません。もう解毒魔法を使用してから、だいぶ経って症状が再発してないのは分かってるんですが、どうしてもまた再発しないか不安で……」


 長い間治らなかったので、リシアは本当に治ったのか疑心暗鬼になっているようだった。

 それだけ心配をかけてしまったわけでもある。

 まあ、本当に解毒されたのか、検査の方法が存在しないので、再発の恐れは残っているが、流石に一週間何もなければ大丈夫だと思いたい。

 毒がまだ体に残っているのなら、一週間あれば何らかの症状は出てもおかしくはないからな。


「大丈夫だ。あれだけ多くの魔力水を使って、シャーロットが解毒してくれたんだ。もう再発することはあるまい」


 リシアを不安にさせないよう、私はそう断言した。


「そ、そうですわよね……不安になってばかりではいけないのに、わたくしったら……」


 そう簡単に不安は解消されないようで、リシアの表情は明るくはならなかった。

 こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。


「会議には明後日から復帰されるんですよね? 今日と明日はゆっくり休まれますか?」

「そうだな……あ、いや、やることがあった」

「何ですか?」

「父上の墓参りに行こうと思う。だいぶお世話になったしな」


 魂だけになった時のことは、解毒が完了した今でもはっきりと覚えていた。

 父の言葉がなければ、私は生き返れなかっただろう。改めてお礼を言わなければならない。

 父の魂は、多分前世の私みたいに別の人間に転生しているので、墓に参っても言葉は届かないかもしれないが、それでもやっておきたかった。


「お墓参りは構いませんが……義父上にお世話になったというのは、どういうことなんですか?」

「えーと、そうだな……信じられないことかもしれないけど……」


 私はリシアに、父と会話したときのことを説明した。


「そ、そんなことが……義父上はアルスの事をずっと見守っていらしたんですね……っていうか……魂だけになったって、本当に死んじゃう寸前だったってことじゃないですか!?」


 リシアは青ざめた表情でそう言った。


「え……? ま、まあそれはそうだな……そこを父上に助けられたというか……魂がちゃんと体に入ったから、こうして生きてるわけだし……」

「そ、それは感謝しないといけませんね……」


 突拍子もない話をリシアは信じたようだったが、そのせいで余計な心配をかけてしまったようだ。


「お墓参り、わたくしも一緒に行っていいですか?」

「墓の場所はちょっと遠いけど、いいのか?」

「問題ないですわ!」

「じゃあ、一緒に行こう」


 リシアの申し出を断る理由はなかったので、引き受けた。


 父の墓はカナレではなく、ランベルクにある。

 私が郡長になった際、カナレ付近に墓を移すという話もあったが、一番慣れ親しんでいる地である、ランベルクに残すことにした。父の命日には、必ずランベルクに行って墓参りをしていた。


「それでは出かける準備をしようか」

「はい!」


 私はリシアと共に、墓参りに向かうことに決めた。



「兄上に姉上! あそぼーって……あれ、どこか行くの?」


 外出の準備をしていると、クライツが元気な様子で部屋に入ってきた。クライツに続き、レンとペットのリオも入ってくる。


「ああ、ちょっと父上の墓参りに行くつもりだ」

「父上のお墓参り? 俺たちも行く!」

「兄上、姉上、行っていい?」


 クライツとレンがそう頼んできた。


「ふふ、そうですね。皆で行きましょうか」


 リシアが微笑みながら返答する。


「「やったー!」」


 クライツとレン、それからリオも参加することになった。


 もちろん護衛もいないといけない。

 護衛はブラッハムとザットに頼んだ。


 準備を終え、私たちはランベルクにある父の墓へと向かった。


 〇


 カナレ城を出発して、数時間後。

 ランベルクは近いのでその日の内に到着した。


 ランベルクには久しぶりに来た気がする。

 まあ、長い間毒に侵されていたし、毒にかかる前までも忙しい日々が続いていたので、行く機会が少なかった。


 墓はランベルクの屋敷の近くに建てられている。

 屋敷に訪れたのも久しぶりだった。


「いや~、部下に仕事を任せて飲む酒は美味いね~。極楽極楽!」


 白昼堂々、酒を飲んでいるミレーユの姿があった。

 クメール砦で、戦の指揮をする準備をしていたミレーユだったが、サイツ軍が撤退したことで本来のランベルク代官の仕事に戻っていた。

 様子を見る限り、まともに仕事をしてはいないようである。


「ミレーユ。あまりサボりすぎてると、代官を別の人物にするぞ」

「あれ? 坊やだ! いやだな~別にサボってないよ~。さっきまで仕事して、今休憩中なだけだって!」

「さっきの呟きはちゃんと聞いていたからな」

「う……わ、分かったよ。真面目にやるよ。明日から」

「今日からやれ」

「はいはい」


 不真面目そうに返事をした。やっぱミレーユに任せておいたのは間違いだったか?


「てか、坊やは何でランベルクにいるの?」

「お墓参りに来たのだ」

「何でまた」 


 私は父と霊になって話していた時の事をミレーユに説明した。


「へー、不思議なこともあるもんだね」


 と信じてるのかいないのか分からないような反応を、ミレーユはする。


「坊やの親父には直接話したことはないけど、昔見かけたことはあったね。物凄い目つきをしてたから、近寄りがたくて話しかけはしなかったけど」

「それ父上も似たようなこと言ってたぞ。ミレーユは昔は近寄りがたい雰囲気だったって」

「はぁ? そんな事ないでしょ、そりゃ確かに昔はちょっと尖ってたけど、町を歩けば誰もが振り返るような美少女だったよアタシは」


 ミレーユはだいぶ不服なようだった。


「じゃ、私は仕事するから屋敷に行くよ。別に屋敷の中でサボろうって考えじゃないからね」


 そんな事を言いながらミレーユは屋敷に戻っていった。

 あれはサボるつもりだな。


「相変わらずですね、彼女は……」


 リシアが呆れたような表情を浮かべる。


 それから父上の墓に到着した。


「父上~来たよ!」

「クライツ! お花あげないと!」


 クライツは無邪気にはしゃいでいる。レンはそんなクライツをたしなめていた。


 墓の前に立ち


 ――父上、ありがとうございました。これからもローベント家の当主として、精一杯努めてまいります。


 心中でそう誓った。


「義父上は、早くに亡くなってしまわれましたよね……」

「そうだな……」

「アルスは長生きしてくださいね」

「ああ、必ず長生きする。絶対にリシアより早く死んだりはしない」


 私は宣言した。


 その後、ランベルクの屋敷でゆっくりと一日を過ごし、翌日カナレ城へと帰還した。






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