第264話 軍議
カナレ城、会議室。
ローベント家の家臣たちが、集まって緊急会議が開かれていた。
アルスの姿はない。毒が完治していないので、自室で安静にしている。
彼の代わりに、リシアが議長としてまとめ役を務めていた。
アルスが倒れている時は、意気消沈していた彼女だったが、アルスの意識が回復し、解毒に関して希望も出てきたことで、元気を取り戻していた。
過労で倒れていたリーツは、目覚めて動けるようになったが、顔色はあまり良くない。
まだ完治はしていない様子だった。
ロセルからはまだ休んでいるようにと制止されていたが、こんな状況で休むわけにはいかない、と無理を押して会議に参加していた。
「ところで、坊主は無事なのか?」
トーマスがそう質問した。普段、会議には出たり出なかったりだが、今回の会議には出席していた。
「一時期は結構元気になったけど、また少し体調崩しだしたみたいだね。しつこい毒だよ全く」
トーマスの質問には、姉のミレーユが答えた。
「でも、ヴァージさんが毒の魔力水をいっぱい仕入れてくれれば、きっと完全に解毒できます。センプラーについて交渉したようですが、すでに商談は成立したみたいですよ」
ロセルがそう言った。
ヴァージは事あるごとに、カナレに向けて手紙を書いて近況の報告をしているが、かなり順調に進んでいるようである。
「本題に入りましょうか。サイツ州がカナレに向けて、侵攻を開始しました。どう対処すべきか、話し合いましょう」
リシアが会議の進行を開始した。
「詳しい状況を改めて確認します。サイツ州のプレリード砦から、進軍を開始しました。今回出撃した兵は1万に満たない数ですが、装備はかなり良く、魔法兵もかなり多いようです。兵の総数はそれほど多くはありませんが、強力な部隊です。進軍速度も速く、クメール砦には二週間ほどで到着すると思われます」
ロセルがそう説明をした。
「援軍の要請は出したのですか?」
「はい。クラン様に援軍の要請はすでに出しておりますが、敵の第一陣の侵攻には間違いなく間に合いません。この第一陣を凌ぎさえすれば、あとは援軍が来てくれるでしょうから、守り切ることができると思います」
リシアの質問に、ロセルは答えた。
「アルスが倒れてゴタゴタしている間に、クメール砦を落としてしまおうっていう作戦かい。暗殺者を雇ったのは、サイツってのは確定の情報なんだよね」
「……ああ、間違いない」
リーツは気分が悪そうな様子で返答した。
「敵の作戦に乗らないよう、ここは皆で一致団結して戦いましょう。アルスにも良い報告を届けねばなりません」
リシアがそう言って、場の空気を盛り上げた。
「戦の指揮は僕が取ります」
リーツが立候補した。
「待って待って。リーツ先生はだいぶ疲れてるんだから、戦には出ない方がいいよ」
「それは出来ない。倒れてしまって迷惑をかけた。僕はその分を取り戻さないと……」
「リーツさん」
少し険しい表情を浮かべて、リシアはリーツに呼びかけた。
「無理をしてしまっては、もう一度倒れてしまいます。指揮官が倒れてしまえば、勝てる戦も勝てませんよ」
「そ、それは」
「領主代理として命じます。ここは城に残ってください」
「……分かりました」
リシアの言葉は正論だった。何の反論も出来なかった。
「戦には私とシャーロットちゃんが行くよ。なに、心配するな。普通にやれば負けることはない」
「だね〜。前と同じくコテンパにしてやる」
ミレーユとシャーロットが自信満々な様子でそういった。
「……すまない。頼む」
リーツは深々と頭を下げてそう言った。
「あの、二人とも油断はしないでくださいよ。前回は確かに勝てましたが、相手も対策はしてきてるでしょうし。数は少ないと言っても、それでもカナレ全軍より多いですし」
「大丈夫大丈夫。砦攻めは難しいし、問題ないさ。まあ、クメール砦は古い砦だから、ちょっと頼りないんだけどね」
ネガティブな様子で忠告をするロセル。ミレーユは相変わらず、楽観的な様子だった。
「緊急報告です」
突如、会議室に人が入ってきて、そう報告した。前触れがなかったので、全員少し驚いた表情を浮かべる。
入ってきたのは、シャドーの一員、ベンだった。
「カナレの街にて、アルス様が毒殺されたという情報が流れている模様です。すでに信じている領民も多くおり、動揺が広がっております」
「え……えぇ!?」
ロセルは報告を聞き、動揺して声を上げる。
「……なるほど、サイツの策略だね。全くデマじゃない、ってことで信憑性も出てしまっている。実際坊やは、毒にかかってから一切外には出ていないだろうし」
「そ、そうですね……アルスは人材発掘も兼ねて、外を出歩いたりしてましたから……困ったことになったなぁ。領主が死んだって噂が流れれば、兵士たちにも動揺が広がるし、士気にも影響する」
ロセルは困り顔を浮かべながらそう言った。兵士たちも普段はカナレの領民として生活している者がほとんどである。噂が広がれば、士気が低下する可能性は高かった。
「シャドーは何でこんな噂が流されるのを、阻止できなかったのかい?」
「現在暗殺者探しを団長を中心に行っており、カナレの街で活動しているのは私だけで、どうしても人員が足りておらず、阻止できませんでした。面目次第もございません」
謝るベンだったが、相変わらずあまり表情は動いていなかった。
「起こってしまったことは仕方ないけど、暗殺者探しに全力を注いでたのは、少し不用意だったね」
「それは僕が命じていたから、僕のせいだ……」
「い、いやリーツ先生は悪くありませんよ! 解毒の方法は暗殺者でも捕まえないと、分かりそうになかったですし」
「そうだとしても、解毒魔法が効くと分かったら、命令の変更をしておくべきだった」
「そ、それは、倒れてたし仕方ないよ」
落ち込むリーツを、ロセルがフォローする。
「とにかく起きてしまった以上、対策を考える必要があります。誰の責任かは今はどうでも良い話です。何か案はありますか?」
話が逸れそうになったところを、リシアがそう尋ねた。
「案と言っても……うーんそうですね……アルスが無事に歩く姿を領民に見せる以外、方法はないような……嘘だと言っても、アルスが姿を見せないなら信じてもらえないかもしれないし。てか、逆に怪しまれるかも。似た別人を用意するって手もあるけど……そんなのすぐに見つからない」
「領民の前に姿を見せるってのが、一番効果的なのは同意見だね。問題は坊やにそこまでの体力があるかどうかだけど」
ロセルの言葉にミレーユは同意した。
「今のアルスは……体調が悪くなっているのは間違いないですが、歩くことは可能だと思います。負担をかけてしまうことにはなると思うのですが」
「心苦しいけど、ほかに手がないなら頑張ってもらうしかないです。一度本人に聞いてみましょう」
「そうですわね……」
リシアは浮かない表情で頷いた。
無茶をしてまたアルスが倒れて、動けなくなったらどうしようか、不安になっていた。
「坊やの元気な姿を見せるってのは、領民の動揺を解消する効果もあるけど、同時にサイツ側に暗殺の失敗を知らせることになるから、上手くいけば戦わずに済むかもしれないね」
「た、確かに! アルスが毒死したという噂を流しているのが、サイツなら、サイツの密偵がカナレに侵入しているはず。となると、サイツにもアルス健在の情報が伝わる……元々、暗殺までしたのは、普通に攻めてカナレを落とすのは難しいと思ってるからで、暗殺が失敗したとなれば、一旦兵を引かせる可能性が高い。戦わずに済むなら、その方がいいですね」
ミレーユの言いたいことを、ロセルは察した。
「いずれにしろアルス次第ですわね。本人に体調を尋ねましょうか」
「……そうですね」
リシアの言葉を聞き、ロセルは頷いた。
「坊やが動けないようなら、追い払うという話も無し、兵士が動揺した状態で、戦をする必要が出てくる。アタシは早めに兵を動かす準備をしておくよ」
「お願いします」
「あ、わたしも行く!」
ミレーユとシャーロットが、一緒に戦の準備をしに行った。
今後の方針は決まり、軍議は終了した。
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